山口県長門市 三隅宿跡

三隅三隅上三隅中三隅下と、
3つの集落に分かれていましたが、
このうちの三隅中が市宿となっており、
往時は賑わいを魅せていたという。


御国廻御行程記 三隅(一部)」。
三隅八幡宮の門前町でもあったようで、
三隅川の水運も利用出来た為、
物資も集まっていたようです。


長門市三隅中周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが三隅宿跡です。


三隅宿跡」。
僅かながら古い商家も残っており、
宿場時代の面影を偲ばせてます。


三隅八幡宮参道入口」。
両脇に石灯籠が置かれた参道入口。


三隅八幡宮」。
鎌倉期宇佐八幡宮より勧請した総氏神。
祭神は品陀和気命(応神天皇)、
大雀命(仁徳天皇)、
息長帯比売命(神功皇后)の三神。
創建時の社殿は南北朝期に焼失しており、
その後の再建年代は不明とのことですが、
天正5年の改築棟札があることから、
それ以前の再建と思われます。

街道筋へ戻る。

岡藤家住宅」。
大庄屋を務めた岡藤家の住宅。
9代藩主毛利斉房夫人(側室芳春院?)が、
寛政10年(1798)に湯本に湯治に行く際、
橋が流失してしまった為に足止めされ、
岡藤家に宿泊した記録があります。

現在は三隅駅のある三隅下が町の中心で、
江戸期は賑わった三隅中は寂れますが、
それ故に往時の面影が残っていました。

■赤間関街道/萩往還の宿場町

■関連記事■
山口県長門市 村田清風墓所
 三隅にある村田清風の墓。
山口県長門市 周布政之助墓所
 三隅にある周布政之助の墓。
山口県長門市 竹内正兵衛墓所
 三隅にある竹内正兵衛の墓。