昔から彗星といえば凶星とか妖星と呼ばれ、
悪いことが起こる凶兆と信じられていました。
幕末にはその凶星が5つも現れたようです。
さすがは幕末ですね。
僕はまだ一度も見たことがありませんが、
凶事がないということですかね。
嘉永六年(1853年)。
「七月中旬ごろからたそがれ酉下刻から
西北戌亥のあたりに四五尺の長さの
ほうき星が出ている」
紀州の医師羽山維碩は、
「彗星夢雑誌」の中にそう記しています。
このほうき星(彗星)は、
クリンカーヒューズ彗星(C/1853 L1)といい、
何年に一回地球に近づくという彗星ではなく、
非周期彗星といって、
1度近づいたら二度と現れない彗星という。
「彗星夢雑誌に描かれている彗星」。
※クリンカーヒューズ彗星かは不明。
この年に起こった凶事らしい事件といえば、
黒船来航でしょうかね?
鎖国していた日本にとっては、
恐怖の大王がやってきたようなものか?
お次の彗星は翌年の嘉永7年。
羽山維碩は、
嘉永七寅年正月六日(1854年2月4日)に、
彗星が見えたと言っています。
この年に肉眼で見えたであろう彗星には、
名前か付けられてはいません。
1854年の大彗星(C/1854 F1)と呼ばれており、
彗星は発見者の名前が付くのが一般的ですが、
空を見上げただけで発見できるような、
誰でも見つけられる彗星だった為、
誰が発見したとかわからない位に、
皆が見つけられた彗星だったようです。
ただこの彗星は西洋の記録では、
1854年3月末に肉眼で見え始めたとされ、
羽山維碩がこの彗星を見つけたのであれば、
この彗星の第一発見者は羽山維碩となります。
「大彗星」。
※絵は1854年の大彗星ではありません。
この年の凶事といえば地震でしょう。
旧暦11月4日に安政東海地震、
翌日11月5日に安政南海地震と、
巨大地震が連発で起こっています。
まさに凶事。この彗星も非周期彗星。
3番目は安政5年(1858)のドナティ彗星。
「八重の桜」でも登場して認知度があります。
19世紀に観測された最も輝かしい彗星とされ、
写真に撮影された初の彗星でもあります。
その写真を探しましたが見当たりませんね。
絵はいっぱいありました。
「ドナティ彗星 (C/1858 L1) 」。
この年の凶事は安政の大獄でしょうか?
幕府が締結した修好通商条約でしょうか?
どちらも小さな出来事のような気がします。
次にこの彗星が地球にやってくるのは、
3811年だそうです。
4つ目は文久元年(1861)テバット彗星。
この彗星が最も地球に接近していた時、
地球は彗星の尾の中に入ってしまったようです。
形も普通の彗星の様ではなく扇型の尾で、
かなり大きくて美しかったという。
「テバット彗星(C/1861 J1)」。
凶事は対馬占領事件ですが、
アメリカでは南北戦争が起こっています。
南北戦争は戊辰戦争の60倍の戦死者ですので、
凶事といえはこちらでしょうね。
次の接近は23世紀頃の予測。
最後の彗星は、
文久2年(1862)のスイフト・タットル彗星。
この彗星は他の彗星に比べ、
小さく薄かったようですが、
流星群を引き連れていたため、
凶兆として人々を不安がらせました。
「スイフト・タットル彗星(109P/Swift-Tuttle)」。
スイフト・タットル彗星は、
1992年に日本の捜索家が再発見したようで、
次の接近は2126年と予想されています。
この年の凶事は薩英戦争、天誅組の変、
八月十八日の政変ですね。
天誅組の変などはまさに凶事と言えるでしょう。
ただ幕末の凶事は次の年から連続で起こります。
天誅組の変、禁門の変、戊辰戦争・・。
まあ彗星が凶兆だなんて、
人が勝手に言ってるだけですケドね。
次の接近は・・・
ドナティ彗星3811年
テバット彗星2200年代
スイフト・タットル彗星2126年
どうもこの5つの彗星は、
生きている間に見れないようです。
彗星はおろか最近は夜空の星も見えにくい。
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ドナティ彗星が出ていましたね。