泉十郎」タグアーカイブ

下関市長府 功山寺(泉十郎(野々村勘九郎)墓所)

長府藩の尊攘派の首領格といえば泉十郎
長府藩士荻野十郎左衛門の次男として生まれ、
十一歳で同藩士野々村合左衛門次晋の養子となります。
※野々村家は130石馬廻格。

家督相続の後、文久3年には藩奉行職を務めながら、
青年藩士らを集めて精兵隊を組織。
※福原和勝や三吉慎蔵も参加。
元治元年11月17日に五卿続きを読む

謎の剣豪福永正介

下関の福江という場所に福永正介という剣豪の墓がある。
墓石には、
神陰流剣術十二世師 沿革流棒術九世師 福永正介墓
と刻まれています(記事はこちら)。

道端で草刈りをしていた女を斬ったが、その女は死なず、
家に帰って水を汲むために屈んだら、首が落ちた
」。
そんなあり得ない逸話が残されています。

また、… 続きを読む

「柿の実の落つ時」帖佐平四郎

泉十郎(野々村勘九郎)。
長府藩士で長府報国隊の総督だった人物。
今回読んだのは、その泉十郎が主人公の小説です。


柿の実の落つ時」。

長府藩は、長州藩の支藩として知られますが、
支藩というのは藩主家がその所領1万石以上を分家に分与して、
幕府の許可を得て立藩させた藩の事です。

それとは別に、仙台藩伊達家と… 続きを読む

下関市長府 旧野々村家表門


長府侍町にある「旧野々村家表門」。

一見して普通の武家屋敷の門なのですが、
この手の門なら長府の至る所にあります。
わざわざ保存する価値があるのかというと、
実はその出所が重要。

この表門があった野々村家は、130石馬廻格。
幕末の当主は野々村勘九郎(泉十郎)です。
少々謎の多い人物ですが、
長府藩きっての剣豪とされ(流派不明)、
同志らと長府報国隊を設立し、
五卿の長府滞在時の接待も努めています。
残念な事に藩内政争に巻き込まれ、
自刃を遂げた悲劇の志士でした。

でもこの門は、その野々村邸の門だから、… 続きを読む