第一次長州征伐の降伏条件として、
五卿の領外移転が決定。
五卿は筑前へ移転する事となります。
長州藩は大田絵堂の戦いの最中でしたが、
下関で留守を守る諸隊と伊藤俊輔は、
五卿の渡海を止める事は出来ず、
元治2年(慶応元年)1月14日に、
五卿は筑前に向かいました。
元治2年1月14日… 続きを読む
「五卿」タグアーカイブ
福岡県宗像市 赤間宿跡
赤間宿は唐津街道の宿場町。
神武天皇がこの地を通行した際、
道に迷って困っていると、
赤い馬に乗った老人が現れて、
一行の道案内をしたという。
赤間(赤馬)の地名はこれに由来します。
現地案内板。
唐津街道には案内板が設置されており、
これが意外に便利だったりします。
東口から散策。
「東構口跡」。
JR教育大前駅にある… 続きを読む
山口県美祢市 伊佐市跡
伊佐市は藩内の主要街道から外れていましたが、
売薬業が盛んに行われて栄えていたようで、
幕末期には32軒もの売薬業者が軒を連ね、
その商圏は山陰、北九州をメインとした他、
関東や北陸にまで及んでいたようです。
その起源は桜山の修験者に勤仕していた者が、
江戸時代に入って売薬業を始めた事からとされ、
「… 続きを読む
下関市彦島 福浦
福浦は北前船の寄港地として栄えた港町で、
南風泊と同じく風待ちの為に、
北前船の多くが福浦湾に入ってきて、
大変な賑わいであったという。
現在の福浦町は1~3丁目まであり、
福浦本町と通称される1丁目と、
福浦口交差点西側の2、3丁目とは、
1本道で繋がっているだけとなっています。… 続きを読む
福岡県北九州市 黒崎宿跡
黒崎宿は長崎街道の1番目の宿場町で、
福岡藩領の東端にあたります。
また上方への渡海船の港もあった為、
多くの旅人が宿場を利用していました。
八幡西区黒崎周辺。緑の線が街道筋。
青でぼかした辺りが黒崎宿跡。
東側より散策。
「黒崎宿東構口跡」碑。
東側の入口にあたる場所で、
隣接する… 続きを読む