五卿」タグアーカイブ

山口県山口市 朝倉八幡宮

朝倉八幡宮は貞観元年(859)創建とされ、
詳しい経緯はわかりませんが、
宇佐八幡宮より勧請されたようです。
大内家14代大内政弘の頃(室町後期)に、
今八幡宮と合併したようですが、
江戸中期の享保10年(1725)に再興し、
現在地に社殿が建立されました。


朝倉八幡宮」。
上記したように今八幡宮と合併され、
後に分かれて再興した珍しい神社。
本来は合併されると同一のものとなり、… 続きを読む

五卿の筑前行

第一次長州征伐の降伏条件として、
五卿領外移転が決定。
五卿は筑前へ移転する事となります。
長州藩大田絵堂の戦いの最中でしたが、
下関で留守を守る諸隊と伊藤俊輔は、
五卿の渡海を止める事は出来ず、
元治2年(慶応元年)1月14日に、
五卿は筑前に向かいました。

元治2年1月14日続きを読む

福岡県宗像市 赤間宿跡

赤間宿唐津街道の宿場町。
神武天皇がこの地を通行した際、
道に迷って困っていると、
赤い馬に乗った老人が現れて、
一行の道案内をしたという。
赤間(赤馬)の地名はこれに由来します。


現地案内板。
唐津街道には案内板が設置されており、
これが意外に便利だったりします。

東口から散策。

東構口跡」。
JR教育大前駅にある… 続きを読む

山口県美祢市 伊佐市跡

伊佐市売薬業が盛んだった地で、
幕末期には32軒もの売薬業者が軒を連ね、
その商圏は山陰北九州をメインとした他、
関東北陸にまで及んでいたようです。
その起源は桜山の修験者に勤仕していた者が、
江戸初期に売薬業を始めた事からとされ、
[… 続きを読む

下関市彦島 福浦

福浦北前船寄港地として栄えた港町で、
南風泊と同じく風待ちの為に、
北前船の多くが福浦湾に入ってきて、
大変な賑わいであったという。

現在の福浦町は1~3丁目まであり、
福浦本町と通称される1丁目と、
福浦口交差点西側の2、3丁目とは、
1本道で繋がっているだけとなっています。… 続きを読む

福岡県北九州市 黒崎宿跡

黒崎宿長崎街道の1番目の宿場町で、
福岡藩領の東端にあたります。
また上方への渡海船の港もあった為、
多くの旅人が宿場を利用していました。


八幡西区黒崎周辺。緑の線が街道筋。
青でぼかした辺りが黒崎宿跡。

東側より散策。

黒崎宿東構口跡」碑。
東側の入口にあたる場所で、
隣接する… 続きを読む

下関市長府 功山寺/泉十郎(野々村勘九郎)墓所

長府藩の尊攘派の首領格といえば泉十郎
長府藩士荻野十郎左衛門の次男として生まれ、
同藩士野々村合左衛門次晋の養子となります。
※野々村家は130石馬廻格。
家督相続後の文久3年には藩奉行職を務め、
青年藩士らを集めて精兵隊を組織。
福原和勝続きを読む