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つづき。
「宿屋町」。
フェニックス通りを越えると宿屋町。
中世の頃よりの名称とのことですが、
文字通り宿屋が軒を連ねていたようです。
「地頭領町」。
正確な由来はわかりませんが、
地頭職の領地だった場所でしょうか?
旅館業が許されたのは地頭領町までで、
これにて宿場は終了。
とりあえず先に進みます。
「分部町」。
上野城主分部家に由来するようですが、
こちらも詳しい事はわかりません。
この分部町により唐人踊りは、
朝鮮通信使の服装を真似ているとされ、
県の無形民俗文化財に指定されています。
但し朝鮮通信使は津には来ていません。
道の途中で左折しますが、
左折した道も分部町のようです。
「観音橋」。
観音橋で岩田川を越えて城下を抜けます。
七夕に笹飾りを流す行事が行われるらしい。
■伊勢街道/別街道/本街道の宿場町
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■関連記事■
・三重県津市 江戸橋
津藩参勤の江戸への第一歩。
・三重県津市 上野宿跡
伊勢街道の3番目の宿場町。
・三重県鈴鹿市 白子宿跡
伊勢街道の2番目の宿場町。