西方寺は和歌山県田辺市にある浄土宗寺院。
創建については不詳ではありますが、
慶長12年(1607)に現在地に移転したという。
江戸時代は城代安藤直隆の菩提寺となり、
同家に庇護されて隆盛しています。
「西方寺」。
市街の浄恩寺や龍泉寺と共に、
「田辺の町に過ぎたるものは江川の三ケ寺」、
と謡われた立派な寺院だったようですが、
本堂は昭和48年に再建されたもので、
庫裡は昭和56年、山門は平成7年の再建です。
「田辺城代家老安藤家墓所」。
境内にある城代安藤家の墓所。
領主安藤直次は和歌山城下に居住し、
紀伊藩の執政として藩政に関与した為、
従弟の安藤直隆を田辺城の城代家老に任じ、
代々これを務めさせています。
この墓所はその直隆の家系のもの。
「墓所内部」。
被葬者の判別は出来ませんでしたが、
たぶん歴代は揃っていると思います。
この直隆の家系は安藤小兵衛家と呼ばれ、
代々小兵衛を名乗っていました。
初代直隆から、2代安藤忠直、3代安藤忠貞、
4代安藤忠次、5代安藤忠徹、6代安藤忠興、
7代安藤忠義、8代安藤忠光、9代安藤效忠、
10代安藤忠可、11代安藤衷と続き、
明治維新を迎えたようですが、
小兵衛家に関しては資料が少ないようで、
その研究は進展していない為、
代々城代を務めた他は判っていないようです、
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