十念寺墓地にある徳大寺家の墓所。
徳大寺家は清華家の家格を有した公家で、
藤原公実の五男左大臣徳大寺実能を祖とし、
公実の次男三條実行が始祖の三條家や、
公実の四男藤原通季が始祖の西園寺家は、
ルーツを同じとする姉妹家にあたります。
「正桂院前亜相廟」。
徳大寺家18代当主徳大寺公信の墓。
公信は17代徳大寺実久の嫡男で、
織田信長の娘月明院を実母としています。
従一位左大臣まで昇進しており、
貞享元年(1684)に79歳で死去しました。
「温潤院殿前内相府(右)」。
徳大寺家19代当主徳大寺実維の墓。
18代公信の長男として生まれ、
正二位内大臣まで昇進しました。
天和2年(1682)に47歳で死去しています。
「入道従二位權大納言藤原朝臣公城之墓(左)」、
「繁姫源郁子之墓(右)」、
徳大寺家24代当主徳大寺公城の墓と、
その正室郁子(高松藩5代松平頼恭娘)の墓。
23代徳大寺実憲の嫡子に生まれ、
従二位権大納言まで昇進していますが、
尊皇家竹内式部の影響を受け、
桃園天皇にこれを進講したことから、
宝暦8年(1758)に関白一条道香が排除に動き、
公城は久我敏通、正親町三条公積、
烏丸光胤、坊城俊逸、今出川公言、
中院通雅、西洞院時名、高野隆古と共に、
官職剥奪、謹慎、隠居の処分とします。
※宝暦事件。
公城は宝暦10年(1760)落飾しており、
安永7年(1778)に放免されていますが、
官職に復することはせず、
天明2年(1782)に52歳で死去しています。
この他にも前黄門と刻まれた墓が何基もあり、
徳大寺家当主か他家の当主と思われますが、
戒名だけで誰の墓か判りませんでした。
【公家の墓所】
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