子供たちを動物園に連れて行こうと、
家族で徳山動物園へ。
徳山動物園は徳山陣屋の敷地内だった場所。
嫁さんにこの事を伝えると、
「そんなことだろうと思った」と呆れ顔。
陣屋跡は周南市文化会館とされますが、
広大な敷地を誇る三大陣屋のひとつなので、
近隣の徳山動物園も敷地内になります。
「徳山動物園」。
昭和35年開園の県内唯一の動物園。
マレーグマが有名です。
「杉家屋敷跡」。
動物園正門前の第2駐車場脇にある石碑。
毛利元就、輝元の重臣杉元相の屋敷跡で、
子の元宣が輝元に妻を奪われた為、
豊臣秀吉に直訴する為大阪に向かいますが、
これが秀吉の耳に入れば一大事であると、
小早川隆景に暗殺されて杉家は断絶。
息子の妻を奪われ暗殺されてしまうとは。
なんとも非道な話ですね。
子供達と徳山動物園入へ。
「贈従四位飯田先生旌功之碑」。
飯田忠彦は元徳山藩士。
藩主近侍の身でありながら出奔し、
京都で有栖川宮家の家来となります。
徳川光圀の[大日本史]の続編を編纂し、
[大日本野史]を完成させています。
日米修好通商条約に関する意見書を、
熾仁親王が朝廷に提出していますが、
飯田がその起草に関わったとして、
京都町奉行所により拘禁されました。
放免後は隠遁していましたが、
桜田門外の変の関与を疑われ再び拘禁。
これは全くの無関係だった為、
憤慨して自害しています。
後の大正2年に彼の功績が称えられ、
故郷にこの碑が建てられました。
クマさん、おサルさん、ゾウさん、
カバさん、ペンギンさんにキリンさんと、
みよちゃんは大満足していました。
ゆきちゃんは何だかわからないでしょう。
しかしながらお目当ての碑が見当たらない。
自刃した三家老を称えた顕彰碑が、
この動物園にあるはずなんです・・・。
一通り廻ってみたがどこにもない。
仕方ないので職員さんに聞いてみると。
「あの碑は新ゾウ舎が建てられるから、
近くの公園に移設しましたよ」
との事。マジか!
無いものは仕方ない。
すぐに公園に飛んでいきたいとこですが、
今回は家族サービスを兼ねてますからね。
一通り遊んだ後で公園に向かう事にします。
みよちゃんが喜んでるので良しとしますか。
「徳山公園」。
動物園の北側にあります。
「三大夫殉節之碑」。
三家老の殉節を称えた顕彰碑。
動物園にあるってのが良かったんだけどね。
ゾウには勝てませんでした。
裏には三家老の名前が刻まれています。
三家老は徳山藩預かりとなって幽閉。
その縁で陣屋敷地内に碑が建てられました。
動物園の隣にある祐綏神社へ。
「祐綏神社」。
徳山藩初代藩主毛利就隆と、
最後の藩主毛利元蕃を祀る神社。
「祐綏神社拝殿」。
元々は初代就隆を祀った神社で、
徳山陣屋内に建立されていましたが、
廃藩置県後に当主が東京へ移住し、
神霊も東京へ移った為に、
旧藩士達が新しく神社を建立させたもの。
後に最後の藩主毛利元蕃も合祀されました。
家族サービスもばっちり出来ましたが、
考えてみれば動物園なんて何年ぶりだろう。
天王寺動物園に行った記憶がありますが、
その頃は子供はいませんでした。
子供を連れて行くのは初体験でしたが、
こんなに楽しんでくれるとは!
みよちゃんは覚えていてくれるかな?
ゆきちゃんは覚えていないだろうな。
そんな感傷に浸りながら帰ります。
車に乗ると二人はすぐに寝てしまいました。
限界まで遊ぶのが子供なんですよね。
【徳山藩】
藩庁:徳山陣屋
藩主家:就隆流安芸毛利家
分類:3万石、外様大名(長州藩支藩)
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三家老は徳山藩に預けられています。