松江宿は中津街道の宿場町で、
読み方は[まつえ]ではなく[しょうえ]。
小倉藩領の宿場町であり、
人家150軒の多くは漁師や農民だったという。
豊前市松江周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが松江宿跡。
※コメントでご指摘があり地図や写真が、
松江ではなく舟入とのこと。
ミスですので地図を修正致しました。
「松江宿跡」。
街道筋は民家が立ち並んでいるだけで、
見るべきところもないようです。
※地図及び写真は松江宿跡では無いようです。
近いうちに再訪して修正致します。
宿場の北方南方の台地は御腰掛と呼ばれ、
神功皇后が豊前路巡幸の際に腰を掛け、
しばしの休息をとったと伝えられる場所。
道の駅豊前おこしかけはこれに由来します。
残念ながら探せど逸話も少ないようで、
この程度しか書けませんでした。
■中津街道の宿場町
■関連記事■
・福岡県北九州市 常盤橋と小倉宿跡
中津街道及びその他の街道の起点。
・福岡県北九州市 下曽根宿跡
中津街道1番目の宿場町。
・福岡県京都郡 苅田宿跡
中津街道2番目の宿場町。
・福岡県行橋市 大橋宿跡
中津街道3番目の宿場町。
・福岡県築上郡 椎田宿跡
中津街道4番目の宿場町。
・福岡県豊津市 八屋宿跡
中津街道6番目の宿場町。
・大分県中津市 中津宿
中津街道の終点及び日田、日向街道起点。
場所が船入となっており、松江と異なると思いますが。
松江はもっと西です。
コメントありがとうございます!
むむむ!確かにそうですね。
これは完全なミスですので、
近いうちに再訪して記事を修正致します。
ご指摘ありがとうございます。