鹿児島県鹿児島市 鍛冶屋町

鹿児島に出張に行きました。
鹿児島に来たのはこれが2回目で(前回の記事はこちら)、
今回は鍛冶屋町という場所に行ってみました。

鍛冶屋町は薩摩の有名藩士の誕生地が沢山あり、
どうしても行ってみたいところのひとつでした。
しかし、今回の出張はハードで、仕事終了後に史跡を周るなど不可能な状態。
ここは早起きして、仕事前に日の出と共に史跡めぐりに行くしかない。

ホテルではなかなか寝付けず、結局2時位まで起きてましたが、
午前5時半のまだ薄暗い中、史跡めぐりをスタートさせました。

全ての誕生地を周るのは時間的にも不可能なので(後で城山にも行ってみたいので)、
主要な人物の誕生地を地図上の○の番号順に周りました。


①まずは「西郷隆盛君誕生之地」。
いわずと知れた西郷どんの誕生地です。
ここで鹿児島の英雄が生まれました。
・・・あれ?西郷隆盛が生まれたとこということは、
弟もここで生まれたんじゃ・・・。


・・・あった。「西郷従道誕生之地」。
弟の従道の碑も兄の碑の脇に小さく建てられてますね。
兄貴が大西郷じゃこの差も仕方ないですね。


②「村田新八誕生之地」。
シルクハットにフロックコートといういでたちで、
西南戦争を戦った二番大隊指揮長です。
愛用のアコーディオンも持ち歩いていたようで、
美術を愛し音楽を好んだなかなかの趣味人だったようです。


③「井上良馨誕生之地」。
長州の井上馨と間違えてしまいそうなこの薩摩隼人は、
生粋の海軍軍人です。
薩英戦争で負傷したことで、西洋の兵器の凄さを思い知って海軍に志願しました。
軍艦の艦長を歴任して、最終的には元帥になっています。


④「篠原国幹誕生之地」。(写真がかなりボケってますねぇ)
明治天皇観覧の陸軍大演習で見事な指揮ぶりを発揮し、
天皇に「篠原に習え」といわしめたことから、
「習志野」という地名が出来たという話もあります。
西南戦争では薩軍一番大隊指揮長となり、
赤マントに銀装刀の派手ないでたちで戦いました。
吉次峠の戦いで戦死。


⑤「東郷平八郎誕生之地」。
ご存知バルチック艦隊を打ち破った英雄です。
軍略もさることながら、相当の美少年だったようです。
往年の写真を見ても、その面影がありますね。


⑥「元帥公爵大山巌誕生之地」。
西郷の従弟で陸軍の元帥。奉天会戦を勝利に導いた総司令官でもあります。
最近では反町が「八重の桜」で演じてましたね。
妻は会津出身の「捨松」です。


⑦「大久保利通君誕生之地」。
・・と書かれていますが、誕生地ではありません。
大久保が生まれたのは高麗町というところで、
1ランク家格の下がる武士の住んでいたところでした。
大久保が生まれてからすぐにこちらに引越ししたようです。
そういうことで現在は「大久保利通生い立ちの地」という
わけわからん名称になっています。

この鍛冶屋町は鹿児島中央駅の近くということで、
開発が進み当時の住居は一つも残っていません。
その点残念なのですが、鹿児島はやはり鹿児島市に集中していますので、
仕方ないところですね。
それに比べ、萩は県庁所在地でも産業の拠点でもないので、
昔のままのところが多いです。まあ良いのか悪いのかわかりませんが・・・。

さて、この後城山へ向かいます。

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