新潟県長岡市 伊東道右衛門の碑

長岡藩の槍術の達人伊東道右衛門は、
62歳の老体ながら槍を持って北越戦争に参戦。
祖先伝来の甲冑をまとって長槍を構え、
華麗な槍さばきで薩摩藩兵3名を仕留めたという。
※2名の説も。
その伊東老人が戦死した場所に碑が建っています。

伊東道右衛門戦死の地」。
城岡3丁目の川の畔に碑が建てられています。
河川改修工事で川筋が当時と変わっており、
実際の戦死場所ではないという指摘もありますが、
それは野暮というものです。


戦死士伊東君碑」。
慶応四年5月19日。
新政府軍信濃川を渡河し長岡城を強襲します。
蔵王堂付近に大砲陣地を張っていた長岡藩兵達は、
この報を聞いて急ぎ城の救援に向かいました。
その中に伊東老人がいたようです。
※大砲隊の隊長だったとも。

しかし伊東老人は味方とはぐれて薩摩藩兵と遭遇。
伊東老人は大声で自らの名を名乗って槍を構え、
薩摩藩兵と対峙します。
これに薩摩藩兵は侮ったのか刀で応戦すると、
巧みな槍さばきを見せてたちまち3人を倒しました。
これに驚いた隊長は隊士らに銃撃を命じ、
伊東老人は無数の銃弾を受けて絶命します。
薩摩藩兵らは老体ながら一人立ち向かった武勇と、
見事な槍さばきに敬意を表したという。

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