下関市長府 大乗寺~興膳昌蔵の墓を探す

大乗寺興膳昌蔵の墓があるという事で行ってみると、
墓石は割られていて別の場所にあるという事を聞きました。
(記事はこちら)。

墓石があるのは大乗寺の飛地で、無縁仏のお墓を集めた場所です。


大乗苑」と名付けられた場所で、
300基くらいの墓石が集められているようです。
場所は大乗寺より2号線を越えた長府三島町6


でも、この中から興膳昌蔵の墓石を探すって無理・・・・。
大乗寺に戻ってある程度の場所を聞いた方がいいなと思い、
大乗寺に向かいました。

大乗寺では、前回教えてもらった男前のお坊さんが出てきて、
法事ですぐにでも行かないといけないのに、
わざわざ墓石が映った映像まで探して見せてくれました。
その映像をカメラで撮らせて頂きもう一度向かうことにします。

ついでに大乗寺墓地にある下関戦争戦死者の墓も教えて貰いました。

安本虎三時氏墓」。
元治元年の下関戦争(四ヶ国連合艦隊砲撃事件)の際、
前田砲台で討死した長府報国隊士の墓。


・・・で、大乗苑に戻って見つけました。
これは絶対自分ひとりでは見つけられなかっただろう・・・。
赤丸の石がそれです。


矢印が墓石なのですが、写真ではわかりませんが、
興膳昌」まで彫られているのを確認しましたが、
その下は破壊されていました。

興膳昌蔵が殺された後、
弟の興膳五六郎哲九郎は兄の仇を打つこと誓います。
昌蔵を殺した松尾甲之進望月亀弥太の変名の説も)と、
田村内蔵之助を探し求めますが、
松尾は死亡してしまったので、残る田村を探します。
慶応元年に偶然田村を見つけた五六郎と哲九郎は、
その場で田村を打ち取り藩に自首しましたが、
検死役人は犬に噛まれて死亡したとして不問としました。
なかなかの大岡裁きですね。

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