群馬県前橋市 龍海院②(伊勢崎藩酒井家墓所)

龍海院酒井雅楽頭宗家の墓所には、
支藩伊勢崎藩酒井家初代と6代の墓もあります。

前橋藩主酒井氏歴代墓地」。
前橋藩および姫路藩酒井雅楽頭宗家の墓所。
片隅に伊勢崎藩酒井家藩主の墓もあります。


下野守従五位酒井忠寛君墓」。
伊勢崎藩初代藩主酒井忠寛の墓。
兄で宗家5代酒井忠挙より2万石を分与され、
前橋藩の支藩として伊勢崎藩を立藩。
幕政では大坂加番日光祭礼奉行などを務め、
藩政では藩の職制を制定した他、
領内の治水事業も行っています。

初代忠寛はまだ菩提寺が定まっていなかった為、
宗家の墓所に葬られたのでしょう。
2代酒井忠告より浅草の崇福寺を菩提寺とし、
※後に関東大震災で伽羅を焼失。
 現在は葛飾区高砂に移転しています。

以後は酒井家の歴代墓所となっています。


故従五位下伊賀守酒井忠良君墓」。
伊勢崎藩6代藩主酒井忠良の墓。
忠良の墓がここにあるのは不思議ですが、
何ら外的な要因は見当たらないので、
「初代の墓の側に」の遺言があったのかも?

浅草の崇福寺にあった伊勢崎藩酒井家墓所は、
崇福寺の伽羅と共に関東大震災で被災。
破損を免れた墓石は崇福寺墓地に移転され、
破壊された藩主らは合葬されているようです。

この龍海院には生糸商下村善太郎の墓も。

譲賢院義荘廣濟清居士
 羪壽院慈憲貞操清大姉
」。
下村善太郎とその妻せいの墓。
前橋の小間物商の子で、
親の隠居後に家業を継ぎますが、
賭博や米相場に失敗して家業を傾かせ、
嘉永3年に八王子に移って再起を図ります。
その後、時流に乗って生糸商として成功。
文久3年に戻ると前橋城再建に寄付金を納め、
生糸改所取締を命じられました。
明治維新後はその財力で前橋の発展に貢献。
県庁誘致や日本鉄道の前橋延長運動に尽力し、
県庁舎整備のため1万円を寄付しています。
明治25年に前橋市初代市長に就任しますが、
翌年に病死しています。

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