福岡県大牟田市 法輪寺跡(三池藩立花家墓所)①

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紹運寺より道路を隔てて法輪寺跡があります。
法輪寺は三池藩歴代藩主の菩提寺で、
初代藩主立花種次以外の墓所でしたが、
明治7年の台風で境内が破損した為、
壱岐の初山村に移転しました。
跡地には歴代墓所が残されており、
紹運寺に管理されているようです。


紹運寺前の坂を少し登ると案内板があります。
弁慶の足跡は何かわかりませんでした。


立花家墓所」。
少し登ると4基の墓と石灯籠が並んでおり、
2~5代の藩主の墓所となっています。


壽徳院殿前泉州刺史朝散太夫泰叟道運大居士」。
2代藩主立花種長の墓。
初代種次の長男として生まれ、
父の死去により幼少で家督を相続します。
成長前は柳河藩の助けや、
重臣達の努力で藩が運営されましたが、
成人してからは藩政の確立に尽力し、
50年を超える治世で藩を安定させました。


天徳院殿傑捜浄英大居士」。
3代藩主立花種明の墓。
2代種長の長男として生まれ、
父の隠居により家督を相続しました。
治世で特筆する事例はありませんが、
領内の寺社を整備するなどしたという。


霊通院殿前雲州刺史仁翁紹寛大居士」。
4代藩主立花貫長の墓。
3代種明の長男として生まれ、
父の死去により家督を相続しています。
貫長の治世に領内で石炭採掘が開始され、
これが三池炭鉱の礎となりました。


明徹院殿前泉州刺史實相紹眞大居士」。
5代藩主立花長煕の墓。
4代貫長の長男として生まれ、
父の死去に家督を相続。
15年の治世の後に隠居しており、
家督を次男立花種周に譲りました。

6代種周は幕政に参加しており、
大番頭奏者番寺社奉行若年寄を歴任。
松平定信寛政の改革に参与しており、
蝦夷地総監なども務めています。
しかし大奥改革で定信らと対立し、
若年寄を解任させられて強制隠居となり、
7代種善は下手渡に移封されてしまい、
種周以降の藩主墓所は下手渡領の耕雲寺
維新後に三池に藩庁を戻していますが、
廃藩後は三池立花家は東京に移っており、
最後の藩主立花種恭の墓は青山霊園です。

つづく。
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