片島宿は正條宿と有年宿の間の宿場町。
龍野藩に管理されていたこの宿場には、
約80軒程の旅籠や茶屋等が、
街道沿いに立ち並んでいたという。
揖保川町原周辺。緑の線が西国街道。
青でぼかした辺りが片島宿跡。
「片島宿跡」。
当時の建屋は見当たりませんが、
立ち並ぶ民家は比較的大きいものが多く、
宿場町であったであろう雰囲気は残ります。
龍野藩は宿場の入口に使者場を設置し、
参勤交代の諸大名に挨拶していたという。
この片島宿は隣の正條宿とは僅か2km弱。
その為に棲み分けが行われていたようで、
片島宿は上りの宿所を担当しており、
正條宿は下りの宿所を担当しました。
長州藩の作成した[中国行程記]では、
下りは送りなし半宿と記載されています。
「旧片島本陣址」。
本陣を務めた山本半右衛門邸の跡。
当時の建屋は解体されており、
民家となっているようですが空き家の模様。
当時の門は了福寺に移築されています。
この本陣山本半右衛門邸の他にも、
片島宿には2軒の脇本陣がありました。
※花屋庄右衛門及び大門屋治右衛門。
隣の正條宿は室津道と合流していたので、
混雑を避ける為に分けられていたのかも?
高速道路で帰省ラッシュでSAを避け、
あえて隣のPAに寄るような感覚かな?
最近はPAも設備が充実してますしね。
■西国街道の宿場町
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片島宿は龍野藩が統治していました。