二見浦は響灘を望む小さな漁村ですが、
赤間関街道北浦道筋の海側の阿川ルートと、
内陸の滝部ルートの合流地点であった為、
宿場としても機能していたようで、
戸数は60~70戸もあったという。
「二見浦」。
小規模な沿岸漁業を主とする二見漁港は、
魚の他にサザエ漁などが行われており、
堤防では釣り客なども多いようです。
「二見の街並み」。
見川河口の左右に並ぶ民家は、
瓦葺の日本式住宅ながら古いものは少ない。
昔は漁業で潤っていたと思われます。
「夫婦岩」。
二見浦より国道191号線を下るとある夫婦岩。
嘉永年間に二見浦の漁民が豊漁と安全を祈願し、
この夫婦岩に注連縄を張ったとされます。
浦名も伊勢の二見興玉神社に由来するらしい。
※伊勢の夫婦岩は境内の磯合にある。
吉田松陰は北浦巡視で二見浦を通過し、
矢玉浦に向かっています。
小高きところに観音堂ありと記していますが、
これはどこかわかりません。
■赤間関街道/萩往還の宿場町
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