大阪府茨木市 郡山宿跡

郡山宿西国街道の宿場町。
京都から西宮までの山崎道の中間に位置し、
重要な役割を果たしていたようです。
元々は郡山城の城下町だったようですが、
その郡山城については不明な部分が多く、
郡山宿の成り立ちもよくわかりません。


大阪府茨木市郡山周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが郡山宿跡。


郡山宿跡」。
街道は勝尾寺川に沿って進み、
街道筋の道筋は残るものの、
宿場跡の遺構はごくわずか。


郡山宿本陣(椿の本陣)」。
郡山宿跡には本陣が現存しています。
本陣を務めた梶善左衛門家には、
その立地故に西国諸大名の多くが宿泊。
多い年で45回も大名が訪れました。
しかし享保3年(1718)に火災が発生し、
建物や古記録を焼失しており、
現在の建物は享保6年の再建です。
これは西国諸大名の寄付とのことで、
当主が諸大名と懇意であった事が、
その事からも伺い知れます。
正門には椿の大樹があったようで、
見事な五色の花を咲かせていた事から、
椿の本陣と呼ばれていたとのこと。

■西国街道の宿場町

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