長崎県島原市 松陰来訪の地と武家屋敷街水路

吉田松陰は九州への遊学中、
島原城下に立ち寄っています。


吉田松陰来訪の地」。
島原藩士宮川度右衛門邸跡。
宮川は種子島流荻野派砲術師範であった人物。
このあたりは鉄砲町と呼ばれていたようですが、
門弟が集まったことに由来したのでしょうか?

嘉永3年12月4日、松陰は宮川を訪ねました。
その際、宮川は「直発砲に非ざれば功成すことなし、
故に近頃葛論碩を造る
」と言っています。
直発砲」というよくわからない言葉が出てきますが、
故に葛論碩(カノン砲)を造る」と続く事から、
榴弾砲」の意味でしょう。

宮川邸跡より少し路地に入った場所に、
藩時代の水路が残されていました。


武家屋敷街水路」。
500m近く直線で続く水路。
島原は湧き水が豊富な土地で、湧水から引かれた水路が、
武家屋敷街の中心に引かれ、現在も大切に保存されています。

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