神奈川宿は東海道の3番目の宿場町。
神奈川湊の傍に併設された町で、
物資の経由地として栄えていました。
神奈川町と青木町の二町からなり、
その境に滝野川が流れています。
JR神奈川駅周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが神奈川宿のあった場所。
西側から散策。
「神奈川宿京口跡」。
神奈川台という高台が神奈川宿の入口。
元々は宿場の境界が曖昧だったようですが、
幕末には外国人警護の為に関門が設置され、
取り締まりが強化されたようです。
「神奈川台関門跡 袖ヶ浦見晴所」碑。
神奈川宿京口跡付近にある跡碑。
横浜開港以来外国人殺傷事件が相次ぎ、
英総領事オールコックら各国領事が抗議し、
これを受けて幕府が関門と番所を設置。
ここよりやや西側にあったようです。
街道は坂道を海側に下ります。
現在はビルが乱立してしまっていますが、
昔は袖ヶ浦の海が一望できる景勝地でした。
「田中屋」。
文久3年創業の老舗料亭。
歌川広重の絵に描かれた[さくらや]を、
晝間弥平衛が引き継いで創業し、
約150年続いているという。
神奈川宿で唯一現存する料亭で、
坂本龍馬の妻楢崎龍が仲居として、
住み込みで働いていた事でも知られます。
「歌川広重 東海道五十三次之内 神奈川」。
※一部。
坂の上から三軒目がさくらやで、
田中屋の前身とされる茶屋。
坂を下りて進むと線路で街道を切断。
青木橋を青木橋を渡って再び街道へ。
「宮前商店街」。
一旦途切れた街道筋は宮前商店街で復活。
商店街の名は洲崎大神の門前であった為。
街道を横切る参道は海に向かい、
その突き当りに船着場があったようで、
横浜開港後は渡船場となり、
開港場と宿場を結んでいたとのこと。
街道は第一京浜に合流。
このまま江戸口まで続いています。
この為に宿場の面影は残されていません。
「青木本陣跡」。
青木町の本陣を務めた鈴木源太左衛門邸跡。
神奈川公園北棟東のマンション辺りに、
青木本陣があったと思われます。
「滝の川と滝の橋」。
滝の川は宿場時代は滝野川と呼ばれ、
青木町と神奈川町を分ける川でした。
街道筋には滝の橋が架けられていましたが、
現在も同じ位置に架けられています。
「神奈川本陣跡」。
神奈川町本陣を務めた石井源左衛門邸跡。
滝の橋の北東あたりにあったようで、
建ち並ぶビル辺りと思われます。
宿場は東急神奈川新町駅辺りまで続き、
次の川崎宿に向かいますが、
このまま進んでも見るべきものも無し。
復元されたという高札場へ。
「高札場」。
神奈川地区センターに復元された高札場。
本来は神奈川本陣近くにあったようです。
以前の記事で外国領事館跡を巡り、
神奈川宿周辺を散策していますので、
そちらもご覧ください。
神奈川県横浜市 諸外国の領事館跡
■東海道の宿場町
■関連記事■
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東海道の2番目の宿場町。
・東京都品川区 品川宿跡
東海道の1番目の宿場町。
・神奈川県横浜市 神奈川台場跡
神奈川に設置された台場跡。