文久2年9月。
薩摩藩は相国寺より二本松の地を借り受け、
京都御所に程近いこの場所に、
新たな薩摩藩邸を造営しています。
「薩摩藩邸跡」碑。
同志社大学今出川キャンバス門前にある碑。
藩邸は5805坪(19000㎡)あったとされ、
現在の今出川キャンバスの約2/3にあたり、
9棟の建物と土蔵が建ち並んでいたとのこと。
薩長同盟の同意が行われたという説もあり、
※小松帯刀邸で行われた説もある。
また会津藩士山本覚馬が捕らえられ、
ここで幽閉されながら[管見]を記述。
これが藩主島津忠義に上程されて、
やがて小松や西郷隆盛にも読まれた事で、
後に京都府知事の顧問となるに至りました。
この藩邸は明治期に京都府に収公され、
売却されたものを山本覚馬が購入。
そして妹山本八重の夫新島襄に譲られ、
新島によって同志社英学校が設立し、
現在の同志社大学に繋がっています。
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