総泉寺は米子市愛宕町にある曹洞宗寺院。
米子藩主中村一忠が父中村一氏の慰霊の為、
この地に建立した寺院と伝えられ、
有事の際には出城となるように、
その境内が築かれたともされています。
「本堂」。
本堂等の建物は天保13年(1842)の再建。
総泉寺にはこんな昔話もあります。
昔々キュウソというネズミの親分が、
総泉寺に住み着いていたようで、
夜な夜な天井裏を暴れ回っていたので、
和尚や檀家一同が困っていたという。
そこで強そうな猫を借りて来て、
キュウソの居る天井裏に放しますが、
恐れを成して逃げ出してしまいました。
そこで米子中の強そうな猫をかき集めて、
天井裏に放しますが結果は同じ。
困り果てたお寺では最後によぼよぼ猫を、
物は試しにと放してみると、
そのよぼよぼ猫はキュウソを追い始め、
瞬く間に喰ってしまったとのこと。
本堂左側の墓地最奥に池田家墓所があります。
「池田家墓所」。
中村家は一忠の死後に改易となっており、
米子藩には加藤貞泰が入りますが、
貞泰は後に大洲藩に加増転封された為、
米子藩は廃藩されて鳥取藩領となります。
藩主池田光政は従兄の池田由之を、
藩境に近い米子城の城代に任命。
由之は幼い光政を補佐しますが、
光政の小姓神戸平兵衛の逆恨みを買い、
脇差で刺されて死亡してしまいます。
家督は嫡男池田由成が相続しますが、
後に光政が岡山藩に転封となった為、
由成も岡山に移って天城周辺を与えられ、
天城池田家として続きました。
ここは由之の弟池田元嗣の一族の墓所で、
光政の岡山藩転封後も元嗣の一族は、
米子に残って土着したという。
「供養塔」。
中村一忠四百回忌を記念して、
諸菩提の供養塔として建立されたもの。
「海禅寺殿雲岳永祥大禅定門
興照院殿日叅道杲大禅定門」。
天城池田家初代池田由之と弟池田元嗣の墓。
由之の墓は清洞寺跡にもありますが、
どちらに埋葬されているかは不明。
この墓碑は元嗣遺族の建立のようですので、
供養墓ではないかと思われます。
■関連記事■
・岡山県倉敷市 海禅寺/天城池田家墓所
天城池田家の墓所のひとつ。
・岡山県倉敷市 天城池田家墓所
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・鳥取県米子市 米子城跡
中村一忠の居城だった鳥取藩の支城跡。
