兵庫県伊丹市 鴻池家発祥地

鴻池家山中鹿介長男山中直文を祖とし、
帰農して伊丹酒造業を始めて財を得て、
大坂に進出して金融業で更に財力を拡大。
多くの大名融資を行っていたようで、
[鴻善ひとたび怒れば天下の諸侯色を失う]と、
人々の称された程であったという。

その鴻池家の発祥地である伊丹市で、
鴻池家関連を史跡を訪問しました。

清酒発祥の地」碑。
江戸時代初期の日本酒は「濁り酒」で、
鴻池でもその「濁り酒」を製造していました。
そんなある日主人に怒られた手代が、
その腹いせ酒桶の中にを投げ込むと、
「濁り酒」内の浮遊物酵母が沈殿して、
清らかに透き通った「清酒」が出来たという。
これが清酒発祥の逸話とされており、
鴻池はこの酒を「双白澄酒」として販売し、
大きな財を成したとされます。


鴻池児童遊園地」。
鴻池発祥地とされる場所にある公園で、
敷地内に鴻池屋敷の裏にあった稲荷社と、
石碑が置かれています。


鴻池稲荷」。
鴻池が酒造業を開始した頃に、
屋敷の裏手に稲荷の祠を建てて祀り、
家内の安全を祈ったとされます。
後に大風で倒壊してしまいますが、
これを知った本家分家の当主が集まり、
皆で資金を出し合って再建したとのこと。


鴻池稲荷祠碑」。
上記の祠の再建の際に建てられた碑。
天明4年(1784)に祠が再建された際、
鴻池本家9代山中新右衛門元漸が、
師である儒学者中井履軒に依頼し、
履軒によって銘文が書かれています。

鴻池本家は14代山中新右衛門元丘の代で、
突如として断絶したようですが、
その詳細はよく判っていません。
分家である大坂の山中善右衛門家は、
幕末維新期まで豪商の地位を保ちますが、
明治以降は徐々に衰退しています。

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 鴻池家の歴代墓所。

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