榎本釜次郎渡蘭日記⑨

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つづき。

3月8日(日本正月19日) 晴 正午有日
 微朝風力依然として善く吹く。
 方位不変船足6里ホールデウィンドたり。
 午に近くして海色再び是迄の如く、
 ヴラーウェになりたるものの如し。
 正午の実測によると過午全くボーテルを、
 通り過ぎたようで、また実測によると、
 船は昨夕より北西に向けたりしに、
 南方に少し流されたり。
 潮路は計上に著す如く潮路は再び、
 カーブを廻りて西北にとる故に、
 本正午より西半北に針路を定む。
 但し本日正午所在より一直線に而。
 シント、ヘレナ島に航すけれど、
 ※Saint Helena=セント・ヘレナ島
 船路に際して危なきサンドバンクある故に、
 ※Sandbank=水面下の砂州
 今日定めた針路を、
 明潮よりクルイスを変える。
 甲必丹が云う。
 このバンクは新著の海図にも図せず。
 これ甲必丹の3-4年前の、
 コーラヒトニ本に自身で書き足した事。
 このバンクは統計17度40分
 南緯35度
の所にあり。
 本日の晴雨儀再び是迄平常の如く少し下降。
 大色依然。
 〇竟日冷気で風が体を襲う。恰も冬景なり。
  鳥数羽を見る。
  即ちカープ、カンス、アルバタロース、
  マリフエイト
及びドモニーなり。
  ドモニーはその大きさ松魚鳥の如く、
  形状もまた相似たり。
  マリフエイトは小鳩位なり。
  翼は格別長からず。
  又の名をセースウァーリュー是なり。
  聞く所によるとこの辺りの冬期には、
  カープ、ドイフなる鳩が、
  船の傍にて群飛するので、
  魚釣りの同様に糸に針を付けて、
  これにスペッキ等を付けて海に投じれば、
  餌を取って邪魔すると云々。
  夜8時月出る。風なく月の景色極めて良。
  墨雲キムに連なりて破断せし間より、
  少し出る。これ尋常我輩の見る所なれど、
  異地にて見る故に更に珍しいなり。

3月9日(日本正月20日) 陰晴 正午有日
 昨夜3時30分頃より凪となる。
 5時細雨霧々少時間にして止む。
 微朝凪なり。諸鳥の飛ぶを見る。
 動揺絶えて無し。9時頃まで風少し来る。
 正午の実測によると船既に喜望峯を越える。
 ※喜望峰=Cape of Good Hope。
  ケープタウンにある岬。

 正午の所在より喜望峯は北東2分1東に当て、
 距離1度50分。即ち海里27里半たり。
 竟日風模様は同じく断。船足3里に過ぎず。
 晩方より天快晴。魚類に餌を取られる。
 〇本日よりツイドレーキ(南部)、
  アトランチセ洋
なり。
  ※Zuid-Atlantische Oceaan=南大西洋。
  正午実測。禄を閲して潮路を知るべし。
  入夜月明。

3月10日(日本正月21日) 晴 正午有日
 微朝風は頗る吹くと雖も方位が良くない。
 4-5ストケーキ位に受けて、
 ベイデウィンドにて馳せる。
 午前10時頃ブロイン・フィス(即本邦所謂イル
 カ
是なり)無数群躍して過ぎるを見る。
 無辺なり。船側に来るものまた夥し。
 水緑にして清める故にその全形を辨すべし。
 ホールに而、水夫釣針にスペッキを付けて、
 流す。彼来て乍ちなくして可惜し。
 釣り落とせしをまた昨今見る。
 諸鳥の群飛するを見る。
 外他に認むるものなし。
 過午3時頃より風が吹き募る。ボーヘン
 ブラムセイルを収める。
 船はヲーフルヘルレンする。殊に甚だし。
 ホールに波打上がる事数度たり。
 薄暮雨少し来る。日没後風少し凪で、
 雨雲四合す。入夜9時半馳雨来る。
 10分余りにして止む。雲行よからず。
 陰晴不定。しかれども風は午間より減ぜり。
 〇本夜1個の長きシキートステルあり。
  按針役が云う。
  まさにその芒の方位より風を得るべしと。
  これ一般海客の軽信(ベイグロー)。
  可笑呵々。

3月11日(日本22日) 晴 正午有日
 朝6時より風烈しき。竟日不断。
 然れども方位逆なる故に船足はかどらず。
 フラセイムを収む。
 エーンレク、イン、マルスセイルに駛る。
 船動揺す。高波始終船に打ち入る。
 歩行に便ならず。午前2隻仿髴間に見る。
 午後3時より雨雲が出てボイ所々にあり。
 加うるに列風故にその模様も、
 江戸10月末の晩方こがらしの吹くに似たり。
 5時頃午前に見た船が本船を離れる。
 本邦3分1里位の距離に走りくる。
 彼は欧羅巴より来るものなり。
 ホールドウィンドに風を向け、
 ボーヘンブリムセイル迄も打ち掛け、
 飛ぶが如くに雲烟中に走り入る。
 フレガット船なり。恐らくは英船なるべし。
 喝蘭船にはあらじ。
 今日もアルバトローズ及び、
 昨日も見たりし諸鳥を数度見受ける。
 6時頃雨少し来る。霧の如し。
 7時頃より風少し凪る力4たり。
 只海波極めて高し。

3月12日(日本23日) 晴 正午有日
 早朝風衰えて方向善となる。只微風たり。
 竟日同方向のスラフべウィンドなり。
 船3隻を見る。鳥群飛する。如昨。
 只午後ブロインフィスの全体を見る。
 水清きに船側に戯れるを見ればなり。
 本日は昨日よりもまた寒し。
 入夜同じく弱風船足少し。
 〇予は昨日よりユーデフハツハには、
  殆ど半身所分肩の下より、
  右の赤髄半分痛む。また右の手諸々痛む。
  レウマチス痛たる可知。
  リューマチ
  まさに明朝を以て喝蘭ドクトルより、
  カンフルチンキカールを乞ふて、
  摩擦する積なり。この本醫の話なり。
  竟日並入夜も大ウ子り来る。
  即ちシカラーレンデ、ゼイなり。
  但し後アクトルより、
  ルヲゲロイムデゼーストと云う。

つづく。
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