①/②/③/④/⑤
つづき。
13日
晴。定刻通りに登城し、夜中に退城した。
山本君の御不幸があった為に伯父半蔵が、
※この山本君の伯父半蔵とは、
半蔵家先代の服部半蔵正綏と思われますが、
そもそも山本君が誰の事かは判りません。
半蔵正綏は孫八郎の実父ですので、
山本君は孫八郎の従兄弟の筈です。
その忌引を澤氏に届けたが、
※沢采女。
これが取り消されたと澤氏より連絡があった。
当分の間、惣宰職役席へ出席し、
御用取扱を行うように 赤松弾正
※この赤松弾正についてはよく判りませんが、
重臣であることは間違いないでしょう。
14日
雨。定刻通りに登城し、日暮れ過ぎに帰宅。
夜に駿河屋で会津人と面会する。
※桑名宿の脇本陣駿河屋源七家で面会。
会津人は誰か判りません。
今晩より1人交代で泊番する事となり、
澤氏が当直。
15日
曇時折雪。朝6時過ぎに出仕し、
午後一瞬退出してまた宿直で出仕した。
〇萬公子(萬之助)からお酒と肴を頂戴する。
御附役を通じて下されたもの。
16日
晴。朝6時過ぎに退出したが、
定刻に再び出仕して夜四時(午後10時頃)帰宅。
〇中将様(松平定敬)のご動静について、
12日夜10時に上様(徳川慶喜)御一同と共に、
西の丸へご到着された旨が江戸より届く。
江戸表へ急ぎ向かうよう以下に命令が下る。
澤采女 岡本藤馬 吉野勝右衛門
※彼らは後に新政府軍と戦う事となります。
17日
晴。六半時(午前7時頃)過ぎ登城し宿直。
午前、川口の駿河屋に赴き、
亀山藩士平岩良左衛門と他一人と面会。
※伊勢亀山藩も旧幕府軍として参戦。
〇珠光尼様より御到来の海苔を頂いた。
※珠光尼は前藩主松平定猷(14代)の正室。
18日
晴。六半時(午前7時頃)一旦退出し、
四時(午前10時頃)過ぎに再び登城する。
城で弁当を食べて夕方に退出。
日暮れ過ぎに駿河屋へ赴いた。
小田原藩の築瀬左織と新之丞に面会。
※この時点では小田原藩は恭順しておらず、
各地で情報を集めていた模様です。
〇澤氏らが本日出立する。
〇尾州藩士日下部武右衛門、加藤得蔵、
柳本七郎右衛門が桑名へ到着した。
※ここに出てくる諸士らについては、
資料が無くよく判りませんでした。
19日
晴。定刻に登城。弁当を食べて夕方に退出。
亀山藩へ内密の用件で赴く事となり、
日下部武右衛門と共に夕方に早駈けで出発。
松平氏と大関氏が出席を命じられた。
※最後の行の意味が繋がりませんが、
孫八郎が亀山に出張する為に、
代わりに城へ詰めたのかもしれません。
つづく。
①/②/③/④/⑤
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・三重県桑名市 長寿院
酒井家の墓所があります。
・東京都豊島区 染井霊園/桑名藩松平家墓所
松平定敬と松平定教の墓所。
・三重県桑名市 桑名城跡
桑名藩久松松平家の居城跡。
