秋田県能代市 檜山宿跡

檜山宿羽州街道の46番目の宿場町。
久保田藩佐竹家の一門多賀谷家の所領で、
かつては檜山安東氏の城下町だった場所。
安東氏は後に秋田姓に改称し、
 宍戸を経て三春に転封しており、
 三春藩秋田家として続いています。

後に佐竹家の秋田移封に伴い、
多賀谷家が檜山領を与えられており、
陣屋町及び宿場町として発展しました。


能代市檜山周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。


檜山宿跡」。
宿場の名残り的なものはありませんが、
なんとなく雰囲気が残る街並み。
他の宿場とは違い士族の村だった為、
洗練された雰囲気があったとされます。


檜山茶園」。
北限の茶畑とされる檜山茶園
享保15年(1730)に領主多賀谷峰経が、
高山の麓に茶を植えたのが始まりで、
本格的な栽培は天保4年(1833)という。
多賀谷家家老石川官太夫が、
宇治から種を取り寄せて茶製法を導入し、
家臣らの内職として推奨。
最盛期には10haにも達したようです。
ちなみにここより北の黒石北海道でも、
個人な茶の栽培はあるようですが、
商品化される規模はここが北限。
雪深くてまだ入る事が出来ませんでした。


多賀谷氏居館跡」。
檜山を領した多賀谷家の居館入口。
こちらも雪で閉ざされていました。

檜山宿跡を出て羽州街道を北上。

檜山追分旧羽州街道松並木」。
羽州街道と能代道の分岐点で、
街道の松並木が状態良く残っています。

■羽州街道の宿場町

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