初番手行日誌⑦

つづき。
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廿一日。当番。上様が遠乗される。
古田へご出立遊ばされお供した。
井伊様方までお供して帰る。
上様は夕八ッ半時にお帰りになった。
夕飯後に御座敷事を習い、
部屋に帰って読書する。

廿二日。非番。上様の御誕生日。
裏庭で大明神御祭礼があった。
御殿で働く女中が芝居等で戯れていた。
終日これを拝見する。
一同に御酒が振舞われた他に、
朝には赤飯も頂戴した。上下着用。
※世子毛利定広の誕生日パーティー。
 女中の芝居とか意外に和気藹々。

廿三日。当番。御前に拝謁した。
その他は何もない。
廿四日。非番。朝に有備館で撃剣。
朝飯後に少し読書。夕飯後に三井に行く。
その後に奥平數馬を訪問。
夜に佐々木男也大野叉七郎が伝言に来る。
※大野は唐津藩士で昌平黌での学友。
 後に小笠原長行に従い戊辰戦争に従軍し、
 箱館では土方歳三の直属になっています。


廿五日。朝六ッ時にお供に出て、
玉川まで遠乗遊はされた。
新橋まで行ってお供を終えた。
夕四ッ半時頃に上様は御帰還。
某は此日から風邪をひいて夜中に苦しむ。

廿六日。非番。部屋で寝込む。
能見縫庵が来て処方薬を飲んだ。
※侍医能見友庵の事。
夕飯後桂小五郎が横濱から帰ってきた。

廿七日。終日閉居して養生。
夜に実家から書状が来る。
故郷の皆々は無事であるとのこと。

廿八日。昨夜の書状は、
桂の育利介が持って帰ってきたもの。
伊藤博文
利介が朝来て話す。国許の形勢を知る。
夕飯後に桂か来て話し小詩を贈る。
 同志倶将興國基、置狂學直返何時、
 此門多少苦辛事、只有、先霊地下知、

此夜木原が来て話す。桂も来て酒を飲む。
此日、亦(以下欠損)
学校と学政一致は学校の学校たる所以。
故に学長はそういう人物を招くべき。
肥後の隠者横井平四郎は、
熊澤了海にもおとらぬ人物である為、
横井平四郎を学頭兼御兵制相談とするべき。
※横井とは試撃行日譜の際に会っており、
 この時期は福井藩に召喚中。
 晋作は横井を買っていたようですが、
 福井藩を蹴って長州藩に来るのかな?

行政府益田弾正
   参政麻田
     但し御奥番頭格となっている。
   御政務座、
     中村道譲山宇
   矢倉番人
     北條瀬兵衛
   御留守手覺
     來原良蔵
   但し有備館での仕事を聞く。
地政府、宍備
   参政桂小五郎
   唐船方、
    奥平數馬
    屋寺新之丞
    中村文右衛門
   御所帯方、
    竹内某
   郡奉行兼諸郡学校武場江置
    前田孫左衛門
   御奥番頭格、政府の御用談役他、
    宍戸九郎兵衛
   御奥番頭格、行政政府御用談役
御奥侍御史
    毛利登人
    長雅
    林主税

儲君番頭
    岡儀右衛門
    山縣箴
毛利登人は世子の御用掛も兼務。
※たぶん桂らと理想の藩政府について、
 議論し合って自らの考えた組閣を、
 ここに記したと思われます。


つづく。
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