福岡県田川郡 英彦山神宮

6回に分けて記事にしました英彦山事件
英彦山事件① 英彦山事件② 英彦山事件③
英彦山事件④ 英彦山事件⑤ 英彦山事件⑥

英彦山は福岡県大分県の県境の山で、
古来より修験場として山伏が集まった霊山
天照大神須佐之男命の誓約により、
生まれた五人の男神の長男天忍穂耳命が、
降臨した地とされています。
12世紀より仏教と融合して霊仙寺となり、
西国修験道の一大拠点として繁栄。
後伏見天皇の8男助有法親王を座主に迎え、
勅願所となり朝廷の信仰も厚かったという。
しかし明治維新後は神仏分離により、
霊仙寺は廃されて英彦山神宮となりました。


銅鳥居」。
参道入口の銅鳥居は、
寛永14年の佐賀藩主鍋島勝茂の寄進。
国指定重要文化財です。
参道の階段を登りたいところですが、
2歳の子を連れて登るのは不可能ですので、
2/3まで登ったところにある駐車場まで、
車で向かいました。


石鳥居」。
無料の別所駐車場から約500m歩くと、
参道2/3の位置にある石鳥居に到着。
ここからは登れるだろうと勇んで出発!


階段の先が見えない・・・・。
こりゃ銅鳥居から歩いてたら死んでたなと、
ぶつぶつ言いつつ登ります。
階段の脇には坊舎跡の石垣が並んでおり、
昔は壮大な参道だったと感じられます。


英彦山招魂社」。
階段の終わりに近い左手に鳥居があり、
ここが今回のお目当ての英彦山招魂社です。
とはいえ主祭神を参るのが筋ですので、
鳥居を通り越して階段を登ります。


奉幣殿」。
明治以前は「大講堂」と呼ばれ、
修験道の中心的な建造物でした。
実はここまでケーブルカーが通っています。
一緒に来たみよちゃんと嫁さんは、
ケーブルカーで登ってきました。


奉幣殿右手には御本社(上宮)に続く石段が。
登るとどれくらい掛かりますかと聞くと、
片道1時間半との事。
・・・・あきらめました。


御本社はこんな感じらしい。

石段を下り先程の英彦山招魂社へ。

英彦山義僧11名の墓石が並びます。
右から、
贈正五位水谷佐門墓
水口坊観清 禁門の変で戦死)
贈正五位藤山衛門墓
教観坊成連 六角獄にて斬首)
贈正五位佐竹織衛墓
厳瑤坊亮親 六角獄にて斬首)
贈正五位政所有緜墓
政所坊有緜 八百屋獄にて斬首)
贈正五位渋川栄承墓
義俊坊順堂 八百屋獄にて斬首)
贈正五位鷹羽浄典墓
正応坊観道 八百屋獄にて斬首)
贈正五位宇都宮堯珉墓
本覚坊英山 八百屋獄にて斬首)
贈正五位宇都宮有允墓
成円坊貫之 八百屋獄にて斬首)
贈正五位城嶋公茂墓
座主家家臣 八百屋獄中で衰弱死)
贈正五位佐久間勝信墓
座主家家臣 八百屋獄中で衰弱死)
贈正五位生島大炊墓
座主家家臣 八百屋獄にて斬首)

田川には別に田川護国神社があり、
ここの11柱も合祀されています。
この招魂社はその田川護国神社の奥宮
招魂社ではあるのですが、
墓石が尖状方柱型(奥津城)ではない。
仏門時代の墓石だったからでしょう。
そういえば奉幣殿の注意書きには、
お経を唱える際は周りの人に配慮して
という旨の注意書がありました。
仏寺の英彦山を信仰している方のいるのか?
昨日までお寺、今日から神社!なんて、
人の信仰というのは法律のように、
それ程は簡単にいかないのものです。

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 英彦山修験僧の殉難事件。
宮崎県日南市 五百祀神社/伊東家墓所
 寺院が神社となった一例。

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