下関市豊北町神田 神功皇后神社

吉田松陰の「廻浦紀略」には、
嘉永2年7月13日に神功皇后の祠へ拝観し、
土井ヶ浜から出土した刀剣を見たと記されています。

この神功皇后の祠が、豊北町神田の神功皇后神社
九州からも多くの人が泳ぎに来る土井ヶ浜海水浴場や、
弥生人の骨が出土した土井ヶ浜遺跡が近くにあります。


神社ですが山門のような門。
もちろんこれより前の参道に鳥居はあります。


神功皇后神社拝殿」。
元寇により蒙古軍が土井ヶ浜にも襲来しましたが、
北條時宗の命を受けて派遣された武将が、
神功皇后新羅征討の故事にならって、
幣帛を奉って奉斎したところ、
神の御稜威が現れて蒙古軍を撃退し、
これを感謝して正應元年に御祠を造営したのがこの神社。

神功皇后は仲哀天皇の皇后で、
お腹に応神天皇を宿したまま海を渡って朝鮮に出兵し、
新羅を降伏させたあと、
百済高句麗を支配下に置いた女傑皇后。
西日本を中心に多くの神社で信仰されています。

さて、吉田松陰が見たという刀剣ですが、
現在も宝物として保存され現在も拝見することが出来ます。


浜出祭展示館(麗江美術館)」。
浜出祭という7年に1回行われる神事の写真を展示した建物。
無料で入館することができます。

浜出祭は、花巫女、将家、伝御などの行列が、
土井ヶ浜に御神幸するという華やかなもののようですね。

宝物 伝蒙古鉾」。
浜出祭展示館の一番奥の壁に掛けられていました。
蒙古軍使用の鉾と伝えられ、松陰はこれを見たようです。

確かに日本のものとは思えない形をしていますね。
これは蒙古軍のものとしか考えられません。
そうでなければ弥生人のもの?
それならもっと価値があるでしょう。

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