京都府京都市 伏見桃山陵

下関には81代天皇の安徳天皇の陵墓がありますが、
やっぱりほとんどの天皇陵は、近畿地方にあります。
※参考地以外で近畿ではないのは、東京の大正、昭和天皇陵と、
 讃岐に配流されて香川の白峯寺に埋葬された崇徳天皇陵のみ。

せっかく伏見に来たのですがら、
明治天皇陵にも参ろうと思い、
歩いて伏見桃山陵に向いました。

陵域は砂利が敷き詰められた道が続きます。
訪問時には雨が降っていましたが、
傘を差して参道を歩いて進みました。
林の道は神聖な雰囲気をかもし出しています。


伏見桃山陵」。
参道を1km程歩くと到着します。
明治天皇は、現在の皇居である明治宮殿で崩御。
遺言により京都に埋葬されました。
崩御より約1ヵ月半の後に大喪の礼が執り行われ、
柩は御霊柩列車に乗せられて東海道本線で運ばれ、
ここに埋葬されました。

一部の世間知らずが、すり替え論だの、
大室寅之祐だの簡単に論破できる説を、
ネットに垂れ流している現状。
死後もこれだけ汚されている天皇は、
明治天皇しかいないのではないかと思います。
本人は、質素を旨とし自己を律すること峻厳して、
天皇としての威厳の保持に努めました。
国民と苦楽を共にするという信念を持ち、
戦時は暖炉も使わなかったという。
また、伝統を重んじながら、
新しく良いものは取り入れる姿勢も示しています。
和歌を好み記憶力にも優れ、
高い教養を持っていたとも伝えられます。
本人の行動のみをもってしても、
すり替えはありえないでしょうし、
当時の状況把握、文献や資料、時代考証、
確率的推測、前後の政治情勢など、
ほんの少しだけ勉強すれば、ありえないとわかる与太話
そんな与太話で、現状も汚されているのが明治天皇です。
政治やイデオロギー達成の為に、嘘を垂れ流す輩は、
日本から出て行って欲しいものです。


伏見桃山東陵」。
明治天皇の皇后である昭憲皇太后の陵墓。
夫の明治天皇の御陵と隣同士なのですが、
なにぶん巨大なので相当遠い・・。
日露戦争の前夜。
葉山の御用邸坂本龍馬が海軍の守護を誓う夢を見て、
国民の士気向上に貢献したという逸話があります。
明治天皇崩御の3年後の大正3年に崩御。


伏見乃木神社」。
明治天皇に殉死した乃木稀典を祀る乃木神社
伏見桃山陵のすぐ側にもあるんですね。
薩摩藩出身で数社の電鉄の取締役を歴任した村野山人は、
明治天皇の「埋葬の義」には、
京阪電鉄の取締役として参加しており、
乃木の殉死の報を聞いて強い衝撃と感銘を受けました。
村野は全ての役職を辞任し、周囲の賛同を得て財産を投じ、
ここに乃木神社を建立させています。

天皇の御陵に参拝するのは、
地元の阿彌陀寺陵(安徳天皇稜)以外で初めて。
前代の孝明天皇後月輪東山陵は
伏見桃山陵から北に6km位の位置にあり、
この月輪東山陵から仏式だった陵墓が神式に改められました。
伏見桃山陵はさらに古式に則った上円下方墳という形となり、
下段が方形、上段が円形という2段になっています。
以降、皇室の陵墓はこの上円下方墳が採用されました。

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