福岡県田川郡 金辺峠

先日読んだ島村志津摩の本で知った金辺峠に行きました。

金辺峠は、小倉秋月を結ぶ香春街道の要衝の地で、
小倉軍はこの金辺峠を最後の砦として長州軍に抵抗。

峠には島村志津摩の人徳を慕い、顕彰碑が建立されています。

金辺峠交差点島村志津摩之碑の看板が建っていますが、
雑草で埋まりそうになっています。
車で通る人は気付かないいんじゃないだろうか・・。

農家などが数件ある旧道を車で進みます。

道の先には、旧金辺トンネルがありました。
柵が設置されて通れないようになっています。

脇に峠道が・・。
ここからは歩きで進まないと進めないようです。

砂利の坂道を歩いて登ります。

島村志津摩之碑の看板がありましたが、
朽ちてしまっています。
こういうのは行政の仕事なんでしょうか?

看板の位置から120m登って到着。
黄色い手作りの小さな看板に金辺峠と書かれています。
斜面に、郡境を示す石柱も立っていました。

峠を歩いて越える人がいた頃は、
ある程度きれいにされていたのでしょうが、
トンネルができ車を使用する時代が来ると、
鬱蒼としてしまうのは仕方ないのかもしれません。
よほどの物好きでもないかぎり、
観光では訪れないところですねぇ。


島村志津摩之碑」。

小倉側への道。急な坂になっています。
たしかにここに陣を張れば、守るに易いかもしれません。

島根県益田市の扇原関所跡が似たような風景で、
浜田藩士岸静江が一人で長州勢を迎え撃っており、
そこと雰囲気がよく似ています。
浜田軍も小倉軍のように扇原関所を固めていれば、
もうすこし善戦できたかもしれませんね。

島村志津摩は金辺峠を拠点に農兵を集めて、
長州軍に遊撃戦を仕掛けました。
郷土防衛意識で幕長戦争を戦ってきた長州軍は強く、
士気においては幕軍を圧倒していますが、
小倉城自焼後は、小倉藩の方が郷土防衛意識が高く、
勝者となった長州藩を悩ませました。

ちなみに金辺峠は「きべとうげ」と読みます。

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 島村の墓は藩主菩提寺にあります。
福岡県北九州市 志津摩橋と中野橋
 島村の名が付けられた橋。
福岡県田川郡 香春藩(小倉戦争後の小倉藩)
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