薩摩藩」タグアーカイブ

山形県鶴岡市 敬天愛人碑

戊辰戦争を最後まで戦い、
薩摩藩邸を焼き討ちしたこともあり、
降伏した庄内藩では厳しい処分を予想しますが、
予想外に寛大な処置が施されました。
この処置は西郷隆盛の指示であると伝わると、
庄内藩内で西郷の名声が高まります。

明治3年に前藩主酒井忠篤は、
長澤惟和犬塚盛巍を薩摩に派遣。
2人は藩知事… 続きを読む

京都府京都市 蛤御門

蛤御門京都御所外郭九門の一つで、
正式名称は「新在家御門」といいます。
蛤御門は通称で御所外郭の火災の際、
通常閉じられていた門が開かれた為、
炙ると開くになぞらえて呼ばれた俗称。
都人の洒落で名付けられたわけです。

この蛤御門は禁門の変の戦端が切られた場所で、
禁門の変は別名蛤御門の変続きを読む

宮城県大崎市 鳴子温泉

鳴子温泉仙台藩領の新庄藩との藩境に位置し、
平安時代初期に起きた鳥屋ヶ森山の噴火で、
温泉が湧出しだしたのが始まりとされ、
近隣には別の4つの温泉街があり、
鳴子温泉を含めた5つで鳴子温泉郷と総称し、
源泉数370以上を誇る一大温泉地となっています。
大変に歴史のある温泉地であり、
源義経郷御前続きを読む

山形県山形市 出羽国分寺薬師堂

国分寺聖武天皇が仏教による国家鎮護の為に、
国司郡司を発して建立させた寺院。
時代が過ぎて律令体制が弛緩してくると、
官の援助を受けられずに多くの国分寺は荒廃しましたが、
独自に宗派や性質を変えて存続した例も多くあり、
現在もまだ存続し続ける国分寺もあります。

出羽国分寺は現在地とは別の場所にあったようですが、
具体的な出羽国分寺の置かれた場所は不明で、
庄内続きを読む

新潟県長岡市 伊東道右衛門の碑

長岡藩の槍術の達人伊東道右衛門は、
62歳の老体ながら槍を持って北越戦争に参戦。
祖先伝来の甲冑をまとって長槍を構え、
華麗な槍さばきで薩摩藩兵3名を仕留めたという。
※2名の説も。
その伊東老人が戦死した場所に碑が建っています。

伊東道右衛門戦死の地」。
城岡3丁目の川の畔に碑が建てられています。
河川改修工事で川筋が当時と変わっており、
実際の戦死場所ではないという指摘もありますが、… 続きを読む