薩摩藩」タグアーカイブ

山形県山形市 出羽国分寺薬師堂

国分寺聖武天皇が仏教による国家鎮護の為に、
国司郡司を発して建立させた寺院。
時代が過ぎて律令体制が弛緩してくると、
官の援助を受けられずに多くの国分寺は荒廃しましたが、
独自に宗派や性質を変えて存続した例も多くあり、
現在もまだ存続し続ける国分寺もあります。

出羽国分寺は現在地とは別の場所にあったようですが、
具体的な出羽国分寺の置かれた場所は不明で、
庄内続きを読む

新潟県長岡市 伊東道右衛門の碑

長岡藩の槍術の達人伊東道右衛門は、
62歳の老体ながら槍を持って北越戦争に参戦。
祖先伝来の甲冑をまとって長槍を構え、
華麗な槍さばきで薩摩藩兵3名を仕留めたという。
※2名の説も。
その伊東老人が戦死した場所に碑が建っています。

伊東道右衛門戦死の地」。
城岡3丁目の川の畔に碑が建てられています。
河川改修工事で川筋が当時と変わっており、
実際の戦死場所ではないという指摘もありますが、… 続きを読む

神奈川県横浜市 生麦事件関連史跡

生麦事件で知られる生麦は、
かつて貴志村と呼ばれていましたが、
2代将軍徳川秀忠の行列がこの地を通行中、
道が浸水して難渋した際、
村人たちが街道脇の生麦を刈り取って道に敷き詰め、
秀忠の行列が通行出来るようにしました。
これに秀忠は感謝して、この一帯を生麦と改名させ、
村人に特別な漁業権を与えたという由来があります。

またキリンビールのビール工場がありますが、
この地を選んだのは全くの偶然ではないでしょうね。

そんな生麦ですが、全国的に有名なのは生麦事件です。… 続きを読む

溶岩に埋もれた薩摩藩の造船所

鹿児島県では当たり前のように知られる事ですが、
現在陸続きとなっている桜島は、
幕末当時は完全に大隅半島と離れた島でした。


明治35年の桜島。


現在の桜島。

陸続きとなったのは、
大正大噴火と呼ばれる大正3年の噴火によって、
流れ出た溶岩が桜島と大隅半島を繋いだ為。

大量の噴石が島内全域に降り注ぎ、
東西に… 続きを読む

鹿児島県鹿児島市 鶴丸城跡(再訪)

九州新幹線が出来てから、
新下関から鹿児島中央まで2時間となり、
かなり行きやすくなっています。
とはいえ、仕事で行く場合は荷物があるので車が多く、
今回たまたま荷物が少なかったので、
始めて新幹線で鹿児島まで行きました。

何度か鹿児島には来た事ありますが、
なかなか史跡に行く事が出来ず、
鹿児島の記事は相当古いものしかない。
過去記事→鹿児島県鹿児島市 市内中心部続きを読む