祥雲寺の久留米藩有馬家の墓域は、
本堂西側約千坪を有していましたが、
昭和29年の本堂火災の後に、
歴代を合葬して纏めており、
墓域の規模を縮小させています。
「有馬家合葬墓」。
元々は初代有馬豊氏の正室蓮姫の墓で、
たぶん一番立派だった為に、
合葬墓に選ばれたと思われます。
蓮姫は徳川家康の養女で、
徳川家の姫様ゆえに特別に扱われ、
墓碑も立派だったのでしょう。
「頼寧公遺徳碑」。
有馬家15代有馬頼寧の遺徳碑。
農政学者として活動し、
農林政務次官を経て農林大臣を歴任。
大東亜戦争終結後はA級戦犯容疑者となり、
取り調べの末に無罪となっています。
後に日本中央競馬会2代理事長に就任。
競馬界の発展に尽力しており、
GⅠ競走有馬記念の由来となりました。
「前拾遺補闕筑州太守仁峰道崇大居士」。
久留米藩10代藩主有馬頼永の墓。
他の藩主の墓は廃されたようですが、
頼永の石塔型の墓のみ残されています。
名君であったとされていますが、
僅か2年の治世で結果は出ておらず、
何か他に理由があるのかもしれません。
因みに久留米の藩主墓も石塔型。
歴代の藩主墓所は久留米市梅林寺にあり、
それぞれ立派な墓碑が残されています。
■関連記事■
・福岡県久留米市 梅林寺/久留米有馬家墓所
久留米藩有馬家の歴代墓所。
・福岡県久留米市 久留米城跡
久留米藩有馬家の居城跡。
・京都府福知山市 福知山城
かつての有馬豊氏の居城跡。