見樹寺は舞鶴市字西にある浄土宗の寺院。
田辺藩京極家の菩提寺瑞泰寺として開山し、
京極家に庇護されて隆盛しました。
後に京極家が豊岡藩に移封になると、
新たに入封した牧野家の菩提寺となり、
見樹寺に改称しています。
「見樹寺」。
境内は愛宕山北支城(田辺山城)の跡で、
高い石垣に堀が配されていたという。
宮津街道の要衝に位置していた為、
藩が宮津口番所を設置していました。
この見樹寺の墓地に、
田辺藩9代牧野誠成の墓があります。
「故田邊城主従三位下
牧野源公誠成墓(左)」、
「牧野夫人九鬼氏之墓(右)」。
田辺藩9代藩主牧野誠成の墓と、
その正室桂芳院の墓。
墓地の一番高い位置にあります。
誠成は8代牧野節成の長男として生まれ、
父の隠居に伴い家督を相続。
海防の為に領内に砲台を建設した他、
藩士子弟に学問を奨励しており、
開明的な名君であったという。
幕政では大坂加番、二条城警備等を務め、
奏者番に任じられていますが、
慶応期には病気がちになったようで、
鳥羽伏見後に新政府に恭順しますが、
明治2年に病死しています。
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