北陸街道は木ノ本宿から、
塩津海道を通る脇道(木ノ芽道)と、
本道の栃ノ木道に分かれます。
木ノ本宿までは湖岸の平坦な道ですが、
これ以降は山地(刀根越え)となっており、
その難所の最初の宿場が柳瀬宿でした。
余呉町柳ヶ瀬周辺。緑の線が街道筋で、
赤丸で囲んだ辺りが宿場のあった場所。
「柳瀬宿跡」。
小さな集落が今も残る柳瀬宿の跡。
坂道に小川という典型的な山間の宿場です。
写真左手の茶色い家の向こうには、
本陣を務めた鈴木家があり、
立派な長屋門が移築されていますが、
これは明治天皇行幸の行在所に内定した際、
元関所役人柳ケ瀬三太夫家の門を移築し、
明治天皇を迎えたようです。
残念ながら写真は撮り忘れてしまいました。
「柳ヶ瀬関所跡」。
柳瀬宿には江戸時代を通じ、
彦根藩が関所を設置していたようで、
柳ヶ瀬家が代々関所役人を務め、
藩より三人扶持二十五石を与えられました。
ここは関所があった場所のようで、
6人の番人が昼夜2人ずつで勤務し、
特に婦女子の北国入りに関して、
厳しく監視していたとされます。
■北陸街道の宿場町
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