壽永寺を訪問したのは5年も前。
国島六左衛門の墓に参拝する為に訪れるも、
見つけられずに諦めて帰っていました。
その際に住職さんにお会いしたのですが、
丁度外出するところだった為、
「時間があれば一緒に行くのですが」と、
有難いお言葉を頂きつつ探しましたが、
残念ながら結局発見は出来ず。
後日この事を記事にしたのですが、
愛媛県大洲市 寿永寺と曹渓禅院
これを観た住職さんから書き込みがあり、
「次回は案内させていただきます」
とのこと。
これは是非行かねばと思いつつも、
5年も経過してしまった次第です。
「壽永寺」。
そして5年ぶりに壽永寺を訪問。
お言葉に甘えて案内してもらおうと、
呼び鈴を鳴らしましたがなんと留守!?
仕方ないのでもう一度一人で探そうと、
裏山に登りましたがやはり見つからず。
今回は近くで長期宿泊していましたので、
アポを取って再度伺おうと次の日に電話し、
その次の日に三度訪問する事に。
住職さんも覚えて下さっていたらしく、
快くOKの返事を頂いていましたが、
当日は下見で山に登られており、
携帯用蚊取線香まで準備されてました。
住職さんはお若い(?)方のようで、
笑顔を絶やさず人柄がにじみ出ており、
実際に山に登っても足元を気を付けてとか、
枝の跳ね返りに気を付けてとか、
一緒に歩いて非常に恐縮する次第。
更には今回国島六左衛門の他に、
山本尚徳の墓もあるという情報を得たので、
既に山へ登っている途中にその事を伝え、
これも案内頂く事に。
ですが場所はうろ覚えだったようで、
一緒に行って間違えていたら悪いと、
ここで待っていてと一人で山へ登り、
ここではないとまた別の山へ登り、
何度も登り降りしてやっと発見しました。
※この2つの墓については長くなったので、
別の記事とさせて頂きます。
愛媛県大洲市 壽永寺/国島六左衛門墓所
愛媛県大洲市 壽永寺/山本尚徳墓所
「本堂」。
下山後は本堂内にもお参りさせて頂き、
貴重な本尊も拝見させて頂きました。
正に生き仏といったご住職。
本当に感謝です。
壽永寺は大洲唯一の浄土宗の寺院で、
源頼朝の命によって建立されたとされ、
往時は多くの末寺を持っていました。
江戸時代初期には欣誉苦厭上人が、
※豊臣秀頼の次男。
止錫して26世住職に就任。
享保10年の日照の際には、
壽永寺の住職が末寺住職らと雨乞いし、
六日間も不眠で念仏を唱え、
大雨を呼んで農民を歓喜させたという。
後の天明年間の大火で伽羅が焼失し、
寺宝や記録類も失われており、
復興後に規模が縮小。
現在に至っているようです。
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