つづき。
①/②
中院から唐院へ。
豊臣秀吉による闕所処分が解かれ、
その再興が許されて以降、
最も早くに再建されたのが唐院。
智証大師が唐から帰国した際、
持ち帰った経典や法具類を納めたとされ、
清和天皇より仁寿殿を下賜されて、
[伝法灌頂の道場]としたのに由来します。
「三重塔」。
奈良の比蘇寺(現世尊寺)にあった東塔が、
豊臣秀吉によって伏見城に移築され、
慶長6年(1601)に徳川家康が再移築したもの。
内部須弥壇には木造釈迦三尊像を安置。
国指定重要文化財です。
「唐院灌頂堂(右手前)」、
「長日護摩堂(左奥)」。
三重塔の横にある2つの建物。
唐院灌頂堂は仁寿殿を改築したもので、
伝法灌頂等の密教儀式が執り行われる場所。
国指定重要文化財となっています。
長日護摩堂は後水尾上皇の寄進で、
長日護摩供を行う道場とのこと。
県指定有形文化財。
「唐院太師堂」。
天台寺門宗宗祖智証大師の廟所。
三井寺で[最も神聖な浄域]とされますが、
柵に阻まれて参拝は出来ません。
智証の命日10月29日には、
御正忌会大法要が執り行われという。
国指定重用文化財。
「四脚門」。
寛永元年(1624)再建の唐院の正門。
一切経蔵側から拝観した為、
この門を潜って石段を下ります。
石段を下りて南院へ。
途中には多くの子院がありますが、
拝観出来るものは限られています。
「微妙寺」。
微妙寺は五別所と呼ばれた有力別院のひとつ。
本堂は安永5年(1776)の再建で、
本尊の十一面観音立像が安置されています。
「毘沙門堂」。
ベンガラの朱色が目を引く毘沙門堂。
廃寺となった別所尾蔵寺にあったもので、
三尾社への移築を経て現在地に移されました。
国指定重要文化財。
「観音堂」。
西国三十三所観音巡礼十四番札所で、
観音堂及び鐘楼、百体堂、観月舞台、
絵馬堂、地蔵堂、手水舎等で構成され、
札所伽藍と呼称されているとのこと。
現在の本堂は元禄2年(1689)再建のもので、
如意輪観世音菩薩像が祀られています。
観音堂及び本尊は国指定重文。
観音堂より石段を下り北側へ。
「水観寺」。
長久元年(1040)に建立された別所寺院。
現在の本堂は明暦元年(1655)の再建です。
元々は大門北東にあったようですが、
昭和63年に現在地に移されました。
五別所の本堂で最も古いとのこと。
更に北へ向かいます。
「護法善神堂」。
護法善神(鬼子母神)を祀る護法善神堂。
元々は金堂の東側にあったようですが、
享保12年(1727)に現在地に移りました。
護法善神堂から更に進むと、
駐車場のある仁王門前に帰って来ます。
安政3年7月12日。
白石正一郎はお伊勢参りの帰路、
妻と共に三井寺を見物。
河井継之助は安政6年6月28日に、
東海道を京都に向って歩いていますが、
遠くから三井寺を臨んだようです。
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■関連記事■
・和歌山県紀の川市 粉河寺
天台宗より派生した粉河観音衆の総本山。
・東京都港区 寛永寺
上野にある天台宗関東総本山。
・岩手県平泉市 中尊寺
金色堂のある天台宗東北大本山。