神代の陣屋町南端に下坊墓地があり、
そこが神代鍋島家の墓所となっています。
「下坊墓地」。
石垣に囲まれた下坊墓地。
大きな自然石の墓石が並んでおり、
神代鍋島家初代及び2代当主の墓と、
その一族の墓所となっています。
「孝岳永忠大禅定門(左)」、
「玉雲妙慶大姉(右)」。
神代鍋島家初代当主鍋島信房の墓と、
その奥方の墓。
信房は龍造寺隆信家臣鍋島清房の長男で、
隆信より鹿島の城を与えらました。
後に隆信が沖田畷の戦いで戦死し、
弟の鍋島直茂が頭角を現すと、
これに従い引き続き鹿島を所領。
慶長13年(1608)に甥鍋島忠茂に鹿島を譲り、
高来郡の神代領に移っていますが、
翌慶長14年(1609)に死去しています。
「源叟常本大禪定門(中央)」、
「梵應常春(右)」。
神代鍋島家2代当主鍋島茂昌の墓と、
その奥方らの墓。
※左の長細い墓石の碑銘は読めず。
茂昌は信房の長男として生まれ、
領地替えとなった父に従い神代に移住。
しかし父は翌年に死去してしまい、
その跡を継いで神代領主となり、
以降は代々神代領6200石を領しました。
以降の墓所は常春寺にありますが、
そこは宝篋印塔の墓が並ぶ立派な墓所。
そちらにも2代茂昌の墓があります。
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