つづき。
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街道沿いに戻り北上。
「五島屋藤田家住宅」。
嘉永5年築の五島屋藤田家の建物で、
屋根上の煙出しが特徴。
銑鉄を扱う廻船業を営んでいました。
「山辺神社」。
白雉3年(652)創建の神社で、
主祭神は布都御魂、素戔嗚尊、稲田姫命。
正面の鳥居は宝暦4年(1754)の建立で、
五島屋藤田家や釜屋飯田家の寄進。
参道脇に旧江津町役場本庁跡もあります。
山辺神社を過ぎ街道は江の川に至ります。
「花田医院」。
黄色の屋根が特徴の花田医院。
昭和12年築の建物ですが、
瓦の色は陸軍の軍服の影響ともされます。
街道の隣の通りへ。
「沖田屋横田家住宅(右側)」。
沖田屋横田家は江戸時代初期に移り住み、
廻船業で莫大な富を得たとされますが、
飢餓対策や開墾に私財を投じたとされます。
「釜屋飯田家住宅跡」。
廻船業を営んだ釜屋飯田家の建物跡で、
主屋や土蔵は昭和10年に焼失しています。
釜屋飯田家は郷田を代表する豪商であり、
後に初代江津市長も務めました。
「旧江津郵便局」。
モダンでお洒落な擬洋風建築で、
3代目局長飯田源之丞が建てたとのこと。
釜屋飯田家住宅跡の正面にあります。
「二楽閣跡」。
江の川沿いの亀山にあった二楽閣の跡。
元々は都野氏の居城亀山城があった場所で、
明治30年に飯田家が別邸を建築。
江津本町のシンボル的存在でしたが、
現在は既に取り壊されており、
石垣や土塀の一部が残っています。
往時の二楽閣の写真(現地説明板より)。
[江津名所は数々あれど
亀山お城にニ楽閣]と歌われ、
非常に壮観な建物であったようです。
「江の川」。
往時は4~50隻の帆船が林立し、
近隣の港で入港待ちをする船がある程、
混雑ぶりであったという。
対岸へは渡し舟で渡っていた模様。
■山陰街道の宿場町
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山陰道の宿場で浜田城の城下町。
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山陰街道の宿場町。