淀江台場は鳥取藩が文久3年に築かせた台場。
大庄屋松波宏年が所有の田畑を提供し、
その長男松波宏元が設計したもので、
宏元は長崎で蘭学と築城法を学んでおり、
その知識が台場設計に生かされました。
「淀江台場跡」。
現在は台場の中央部分が現存。
左右は養良高等小学校の建設の為、
明治31年以降に削られました。
明治45年に養良高等小学校は移転し、
跡地は「お台場公園」として整備。
現在に至っています。
「御台場址」碑。
台場跡に登ると跡碑があります。
この台場を守備したのは、
郷士や松波宏年に雇われた者で、
殆どが地元の人間であったという。
台場には国産大砲3門が設置され、
後に8門に増やされたとのこと。
1~2ヶ月に1度砲撃訓練が行われ、
準備は万端となってはいましたが、
実戦は行われることはありませんでした。
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