竈門神社は宝満山山麓にある神社で、
大宰府政庁の鬼門鎮守の為に、
八百万の神々を祀った事に始まります。
天武天皇2年(673)に心蓮上人が山中にて、
玉依姫命を目撃したとの事で、
朝廷に奏上して山頂に祠を創建。
そういう過程から神仏習合の神社となり、
近世には修験道の道場として発展しました。
福岡藩黒田家に庇護されて隆盛しますが、
維新後は神仏分離令により仏教色は廃され、
太宰府天満宮の管轄下となっています。
「一の鳥居」。
訪問時は1月第2週目の土曜日。
正月三が日は既に過ぎてはいますが、
有料駐車場は未だ混雑していました。
この後に太宰府天満宮にも行きましたが、
もの凄い人や車で混雑しており、
それがこちらにも流れて来ているのか?
とはいえ「鬼滅の刃」でも人気が出ており、
※主人公の名前等で共通点があり、
ファン間で整地とされているらしい。
それだけではないと思われます。
「二の鳥居」。
石段と石段の間に参道が伸び、
その中央付近にニの鳥居が建っています。
参道は紅葉と桜の木々が立ち並んでおり、
季節が良ければ綺麗なのでしょう。
訪問時は葉が全くありませんでしたが・・。
「三の鳥居」。
石段とその先にある三の鳥居。
鳥居を越えると参道は左に曲がり、
清流の流れ込む池がありました。
「標柱」。
二本の石柱の先の石段を登ると本殿。
ちなみに他の神社でも見かけるこの石の柱は、
「標柱(しめばしら)」というらしい。
西日本の神社に多くあるらしく、
古い鳥居の一種らしいです。
「拝殿」。
石段を登った先にある拝殿。
昭和2年に再建されたもののようで、
平成25年に改宗工事が行われました。
この竈門神社は下宮であるこの場所と、
宝満山山頂にある上宮からなっており、
ここはかつての神宮寺だったとされ、
維新後の廃仏毀釈により廃されて、
下宮として整備されたようです。
主祭神は玉依姫命。
訪問時は境内社の夢想権之助神社前で、
神道夢想流杖術の奉納演武が行われ、
多くの関係者が演舞を行っていました。
「夢想権之助神社」。
夢想権之助を祀る夢想権之助神社で、
武道の神様として知られます。
夢想権之助は江戸時代初期の剣客で、
宮本武蔵に挑んで敗れる後、
自らの未熟さを悟り宝満山で修行。
「丸木を持って水月を知れ」と神託を得て、
杖術の技を編み出したとされます。
そして再び武蔵に挑んで勝利したとされ、
その杖術は福岡藩に伝わり隆盛。
明治以降も廃れる事はなく、
後に警視庁の警杖術にも採用されました。
修験道というものはまだ見識が薄く、
完全に理解は出来ていません。
その教義も真言宗系の当山派と、
天台宗系の本山派があって、
これがまた理解に苦しむ要因。
宝満山は本山派に属していたようで、
京都の聖護院の末山だったとのこと。
英彦山とも対立していたらしく、
調べれば調べる程判らなくなります。
■関連記事■
・福岡県朝倉郡 岩屋神社
修験道の修行の場。
・福岡県田川郡 英彦山神宮
英彦山修験道の整地。
・京都府京都市 聖護院
本山修験宗の総本山。
