佐賀県佐賀市 乾亨院/官軍墓地

乾亨院佐賀城跡南東にある臨済宗寺院。
永正年間(1504-1521)の創建で、
龍蔵寺家兼の開基で天亨和尚が開山しました。
ここに佐賀の乱で戦死した陸軍将兵が埋葬され、
巨大な墓碑が3基建てられています。


乾亨院」。
境内は水ヶ江城本館(本丸)跡だった場所。
水ヶ江城は水ヶ江龍蔵寺家の居城で、
他に東中の館中の館西の館に分かれ、
その一族が居住していたようです。
水ヶ江龍蔵寺家は龍蔵寺家の分家で、
後に龍蔵寺隆信を輩出しており、
境内西側の東の館跡で隆信は誕生。
一時主家の少弐家の調略で壊滅しますが、
隆信によってその勢力を盛り返し、
肥後を制圧して最盛期を築き上げました。


官軍墓地」。
境内にある官軍将兵の墓地。
右:第十一番大隊陸軍大尉大池蠖二
  同大隊副官陸軍中尉澤田正武
  同大隊二番中隊陸軍中尉永田貞應
の墓碑。
中:下士官20名の墓碑。
左:兵卒75名及び軍属9名の墓碑。
これらは熊本鎮台第十一番大隊の所属で、
権令岩村高俊の鎮圧要請で佐賀城に派遣され、
征韓党憂国党の連合軍と交戦しています。
しかし兵糧が尽きて撤退する際に、
待ち伏せを受けて大損害を追いました。
ここに眠る将兵の多くはその戦死者。


3基共に墓碑の裏側は、
明治七年佐賀役戦死者之墓」となっています。

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