川越城は長禄元年(1457)に築城され、
扇谷上杉氏の本拠となっていた城。
太田道真、太田道灌父子の築城とされ、
「道灌がかり」という連郭式の縄張りで、
幾度も敵の進攻を防いでいます。
天文6年(1537)に北条氏綱が攻め落とし、
以後は後北条家の武蔵国支配の拠点となり、… 続きを読む
埼玉県川越市 川越城跡
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川越城は長禄元年(1457)に築城され、
扇谷上杉氏の本拠となっていた城。
太田道真、太田道灌父子の築城とされ、
「道灌がかり」という連郭式の縄張りで、
幾度も敵の進攻を防いでいます。
天文6年(1537)に北条氏綱が攻め落とし、
以後は後北条家の武蔵国支配の拠点となり、… 続きを読む
光西寺は川越市小仙波町にある寺院で、
元々は島根県浜田市にありました。
浄土真宗本願寺派に属する寺院で、
濱田藩主だった松井松平(松平周防守)家が、
密貿易によって懲罰的転封処分となり、
棚倉藩に移った際には同時に移転。
更に同家が川越藩に封じられた際にも、… 続きを読む
奥の院墓地にある松平忠国の墓所。
忠国は明石藩の藩主ではありますが、
幕末まで続いた明石(越前)松平家ではなく、
かつての明石藩主であった藤井松平宗家です。
慶安2年~延宝7年(1649-1679)まで明石藩で、
以後は郡山藩を経て古河藩へと転封し、
上山藩… 続きを読む
岸和田市にある松平康重の墓所。
松平康重は松井松平家の初代当主で、
子孫は川越藩の藩主家となっています。
「光明寺参拝者駐車場」。
康重の墓は光明寺参拝者駐車場内にあります。
ここには光明寺の隠居寺心蓮寺があり、… 続きを読む
浜田藩の幕末期の藩主家は、
越智松平家が務めましたが、
その前は松井松平家であった為、
松平家が続いて非常に紛らわしい。
今回訪問した松平周防守家墓所は、
松井松平家(周防守家)のもので、
幕末期は川越藩の藩主となった家。
松井松平家は浜田藩の藩主を178年間務め、
深く浜田に関わっていた藩主家でしたが、
竹島事件により棚倉藩… 続きを読む