中通島は五島列島を構成する島で、
福江島に次いで2番目に大きな島。
全国では20番目に大きな島のようで、
昨日紹介した平戸島とほぼ同じ面積です。
※中通島168.39㎢、平戸島163.44㎢。
この島は仕事で何度も訪れている為、
空いた時間で少しずつ史跡を廻っており、
今回はその記事を纏めます。
「中通島」。
リアス式の複雑な海岸線を持ち、
対馬暖流の影響で温暖な島。
一般的に上五島と呼ばれています。
「有川湊」。
中通島への北側の玄関口。
フェリーは他に奈良尾からも出ており、
そちらは南側の玄関口となっています。
江戸期は福江藩の代官所が置かれており、
中通島の中心地となっていました。
「崎浦の五島石集落景観」。
平成24年に国の重要文化的景観に選定。
日常生活の中に「五島石」が活用されており、
「特徴的な石文化の景観」を伝えています。
長崎県南松浦郡 崎浦の五島石集落景観
その先駆者石田利吉の墓も残っています。
長崎県南松浦郡 石工先駆者の墓
中通島の幕末史跡といえばこちら。
「坂本龍馬の像」。
通称[祈りの龍馬像]。
ここには三度訪問しています。
長崎県南松浦郡 龍馬ゆかりの地(再訪)
長崎県南松浦郡 ワイルウエフと潮合騒動
長崎県南松浦郡 龍馬ゆかりの地
ワイルウエフ号が沈没した現場で、
坂本龍馬が駆けつけたとされる場所。
残念なのは[龍馬ゆかりの地]と、
よくわからない呼び方をされている点です。
五島列島は潜伏キリシタンが多く、
その史跡や教会が沢山あります。
「頭ヶ島天主堂」。
頭ヶ島白浜地区にある石造りの教会。
十字架の墓石が立ち並ぶ墓所もあり、
美しい白い浜辺も広がっています。
長崎県南松浦郡 頭ヶ島天主堂
「鯛ノ浦教会」。
鯛ノ浦地区にある教会。
この地区では2つの凄惨な事件があり、
敷地内にその慰霊碑が建てられています。
ひとつは郷士による信徒家族の惨殺事件。
長崎県南松浦郡 鯛ノ浦六人斬り関連史跡
もうひとつは神父の殺害事件です。
その犠牲者であるブレール神父の墓も、
長崎県南松浦郡 ブレ―ル神父墓所
鯛ノ浦地区に営まれています。
中通島には多くの教会がありますが、
それぞれが特徴的で美しく、
地区の信仰の歴史を伝えています。
長崎県南松浦郡 青砂ヶ浦天主堂
長崎県南松浦郡 大曽教会
長崎県南松浦郡 冷水教会
中通島北部の北魚目地区は殆ど断崖で、
人が住むには大変不便な場所ですが、
人々はその過酷な環境に適応。
農業及び漁業を営む集落景観と、
傾斜地の土地利用に特徴があるとして、
国の重要文化的景観に選定されています。
「江袋集落遠景」。
江袋は標高362mの多石山西麓に位置し、
北魚目でも比較的早い時期に、
大村藩領外海地方より農民が移住し、
農業集落が形成された地域という。
長崎県南松浦郡 北魚目の文化的景観
五島列島は福江藩領かと思いきや、
平戸藩の飛地も結構あります。
「五島・平戸領境界(仲知)」。
県道218号沿いにある説明板と標柱で、
ここから北側が平戸領。
長崎県南松浦郡 五島平戸領境界跡
江戸時代を通じて藩境だったようです。
またその飛地を支配する続代官所跡も、
長崎県南松浦郡 続代官所跡
その面影を残してました。
以上が中通島の主な史跡ですが、
島内を散策したり調べてみると、
柴田勝家の子孫の墓所があったり、
長崎県南松浦郡 柴田勝家公子孫の墓
大久保利通に嘆願した人物の碑があったり、
長崎県南松浦郡 松園貫一翁頌徳碑
まだ知られていない史跡や逸話が、
中通島にはあるかも知れません。
更に忘れてはならないグルメとして、
五島うどんとかんころ餅もあります。
長崎県南松浦郡 太田製麺所
長崎県南松浦郡 遠山加工店
この2つは必ず食べるべきでしょう。
■関連記事■
・下関市彦島 彦島
彦島のまとめ記事。
・長崎県平戸市 平戸島
平戸島のまとめ記事。
・山口県大島郡 大島(屋代島)
周防大島のまとめ記事。
