DATA整理していた際に発見した永井白元の墓。
場所は撮影許可を頂いているものの、
諸事情により寺名は伏せます。
永井白元は旗本永井監物家の初代当主で、
同家は関東各地に3000石を領し、
相模国鎌倉郡東俣野に陣屋を置きました。
「汞元院殿前城門郎大應道禪居士」。
永井監物家初代当主永井白元の墓。
白元は永井宗家初代永井直勝の弟で、
井伊直政の家臣辻盛昌の養子となり、
井伊家に仕えて戦功を挙げていましたが、
故あって井伊家を離れて加藤光泰に仕えました。
光泰の死後に徳川家康の家臣となっており、
330石を賜って継嗣徳川秀忠に近習。
御使番や御目付等を務めて加増を繰り返し、
3530石まで所領は増加しています。
白元は81歳まで現役で仕えましたが、
承応3年(1654)に83歳で死去。
家督は長男永井直元が52歳で相続し、
万治4年(1661)に61歳で隠居。
直元の長男永井茂虎が家督を相続しますが、
500石を直元の次男永井直又に分知した為、
以後の石高は3030石となりました。
4代以降は4代白弘、5代尚方、6代白衆、
7代平八郎、8代平吉、9直候、10代直賢、
11代直清と続いていますが、
この永井監物家の幕末の動向等は不明です。
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