熊野速玉大社は熊野三山のひとつで、
熊野本宮大社、熊野那智大社と共に、
熊野三山を構成する熊野信仰の聖地です。
神代の頃に神倉山の磐座ゴトビキ岩に、
熊野速玉大神と熊野夫須美大神が降臨し、
そこで祀られていたようですが、
景行天皇58年(128)に現在地に遷座。
遷座前の場所は神倉神社(元宮)となり、
遷座後の熊野速玉大社は新宮と呼ばれ、
地名の由来にもなりました。
「下馬橋及び大鳥居」。
熊野本宮大社とは違い朱色を基調とし、
その趣も大きく違うようです。
基本的には明治16年の火災で全焼しており、
社殿等は古いものではないらしい。
「八咫烏神社(右)」、
「手力男神社(左)」。
大鳥居をくぐって右側にある2つの社。
八咫烏に化身して神武天皇を導き、
神武東征の支援をした建角見命と、
天照大神が天岩戸に隠れた際に、
岩戸から覗いた天照大神を引きずり出し、
光を取り戻した天手力男命を祀ります。
「藩祖〇封弐百年記念」碑。
参道脇に建てられている記念碑。
調べてもよく判らなかったのですが、
藩祖とはたぶん水野重央の事でしょう。
※新宮水野家初代当主。
「熊野速玉神社のナギ」。
ナギとしては国内最大の巨木で、
その推定樹齢は850年という。
平治元年(1159)の社殿落成の際に、
熊野三山造営奉行の平重盛の手植とされ、
国指定天然記念物になっています。
火災の被害には遭わなかった模様。
「神門」。
注連縄がかかる色鮮やかな神門。
熊野本宮大社と似たような配置ですが、
朱色だと雰囲気は全く違います。
「拝殿」。
拝殿後方に「結宮(第一殿)」と、
「速玉宮(第二殿)」が並んでおり、
熊野本宮大社と違い拝殿を介して参拝。
結宮には熊野夫須美大神、
速玉宮には熊野速玉大神が祀られています。
「上三殿(左)」、「八社殿(右)」。
木造銅板葺流造の大きな上三殿の前には、
3つの鈴門が並んでいます。
建物の内部は3つに区切られており、
左から「証誠殿(第三殿)」、
「若宮(第四殿)」、「神倉宮(第四殿)」。
証誠殿に家津美御子大神、
若宮に天照大神、
神倉宮に高蔵下命を祀り、
これらは結宮、速玉宮と共に上四社という。
上三殿の隣には八社殿が建っており、
「禅児宮(第五殿)」、「聖宮(第六殿)」、
「児宮(第七宮)」、「子守宮(第八殿)」、
「一万宮(第九殿)」、「十万宮(第九殿)」、
「勧請宮(第十殿)」、「飛行宮(第十一殿)」、
「米持宮(第十二殿)」が入っています。
それぞれには天忍穂耳尊(禅児宮)、
瓊々杵尊(聖宮)、彦火火出見尊(児宮)、
鵜葺草葺不合命(子守宮)、国狭槌尊(一万宮)、
豊斟渟尊(十万宮)、泥土煮尊(勧請宮)、
大戸道尊(飛行宮)、面足尊(米持宮)を祀り、
これらを中四社、下四社と呼びます。
●著名な神社、神宮
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熊野三山のひとつ。
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出雲国一宮のひとつ。
・和歌山県和歌山市 日前宮
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