新宮城は紀州藩の支城だった城で、
新宮藩立藩後には藩庁となっています。
城地は丹鶴山と呼ばれる小高い丘で、
源為義の娘丹鶴姫の住んだ東仙寺があり、
元々の新宮城は市内… 続きを読む
和歌山県新宮市 新宮城跡
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新宮城は紀州藩の支城だった城で、
新宮藩立藩後には藩庁となっています。
城地は丹鶴山と呼ばれる小高い丘で、
源為義の娘丹鶴姫の住んだ東仙寺があり、
元々の新宮城は市内… 続きを読む
鞠智城は米原台地に広がる古代山城。
白村江の戦いに敗れた大和朝廷が、
本土防衛の為に築いた城のひとつで、
水城、大野城、基肄城と同時期に建設し、
位置的には最も後方にありました。
「鞠智城跡… 続きを読む
米子城は吉川広家が築城した平山城で、
※諸説あり。
関ヶ原の戦い後に中村一忠に与えられ、
米子藩17万5000石の藩庁となった城。
徳川家康は一忠が幼少であった為に、
後見役として横田内膳を派遣しました。
内膳は家康の期待に応えて、… 続きを読む
知覧城は知覧町永里にあった中世山城。
平安末期の郡司知覧忠信による築城で、
文和2年(1358)に足利尊氏が佐多忠光に与え、
※佐多忠光は島津家4代島津忠宗の三男。
文保2年(1318)に大隅国佐多を与えられ、
佐多姓を名乗った。… 続きを読む
志布志城は志布志市のあった中世期の城。
築城年は不明ながら南北朝時代に存在し、
救仁院氏、楡井氏、畠山氏、新納氏、
肝付氏、島津氏等が城主となっており、
島津氏久… 続きを読む