台場跡」タグアーカイブ

山口県防府市 勝坂砲台跡

三田尻幕府によって攻め落とされた場合、
萩往還を上って山口は目と鼻の先となります。
もちろん三田尻は軍港ですので、
何が何でも死守せねばならない拠点ですが、
それだけに狙われる可能性がありました。

そこで防府と山口の境に砲台を設置し、
防御の勝坂砲台が建設されます。


防府市下右田周辺(勝坂砲台跡の場所)
三田尻から山口に侵攻する為には、
右田ヶ岳続きを読む

下関市阿弥陀寺町 八軒屋砲台

関門海峡は無数の船が毎日のように行き交い、
とても素晴らしいロケーションなのですが、
近年の人口減少に反して、
海岸線に高層マンションが建ち始めました。

特に阿弥陀寺町には何棟もマンションが建ち、
たかだか人口20万人の中核市なのに、
入る人いるの??と思っちゃうほどです。


阿弥陀寺町」。
国道9号線から関門橋を眺めた様子。
ベランダから関門海峡が望めるって、… 続きを読む

下関市阿弥陀寺町 紅石山砲台跡


大連神社境内には、
社務所らしき小さな建物がありますが、
現在は使われていない様子。
この裏手に紅石山の頂上への道があります。


社務所らしき建物の裏手には、
何らかの建物がたっていたであろう石垣が。
これは阿弥陀寺関係の諸坊の石垣でしょうか?


石垣があった場所からさらに奥へ進む。
山道というよりけもの道といった感じ。
かろうじて道と思われる場所を進みます。


意外とすぐに山頂続きを読む

下関市阿弥陀寺町 梅ノ坊砲台

平家一門と共に壇ノ浦に沈んだ安徳天皇
この幼帝を祀るのが赤間神宮です。
赤間神宮は幕末まで阿弥陀寺という寺でしたが、
明治になって[天皇社]として神社となり、
明治8年に[赤間宮]、
15年に[赤間神宮]と変貌しました。


赤間神宮続きを読む

下関市観音崎町 永福寺砲台跡

永福寺幽霊掛軸で有名なお寺。
(記事はこちら)
小倉戦争時にその境内に砲台が置かれました。


下関市観音崎町周辺(永福寺の場所)


永福寺の入口。
門前には山陽道西端の一里塚がありました。
現在の永福寺は高台にありますが、
当時は山陽道に面した位置にあったようです。
海岸沿いには唐様建築の観音堂続きを読む

下関市豊浦町 泊ヶ鼻台場跡

長州藩は幕府が発令した異国船打払令を受け、
北浦海岸に多くの台場を建設しましたが、
この[泊ヶ鼻台場]もそのひとつでした。
室津は室のように静かな港という意味で、
古来より漁村として栄えていました。
元寇では元の使者が室津で捕らえられ、
鎌倉に送られたとされます。
吉田松陰は[廻浦紀略]で北浦海岸を巡視中、
船上から室津を眺めました。


室津浜周辺(泊ヶ鼻の場所)… 続きを読む

山口県熊毛郡 東山台場跡

瀬戸内海を航行する船を取り締まる番所が、
平安時代頃より長門国、周防国に設置され、
下関中関上関 と呼ばれました。

上関海峡は極端に狭い海峡で、
上関と北側の室津との間わずか170m。
流れが速い為に潮待ちしなければならず、
北前船の寄港地として繁栄します。
この重要な港を長州藩は… 続きを読む