明暦2年(1656)。
大給松平家の支藩する豊後高松藩は、
隣の府中藩に転封となり、
旧領高松は幕府直轄地に代わりました。
豊後高松藩の陣屋は代官所へと変わり、
九州天領を支配する代官が赴任して来て、
同じく天領の日田代官所と交代で在勤。
後に代官は… 続きを読む
大分県大分市 高松代官所跡
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明暦2年(1656)。
大給松平家の支藩する豊後高松藩は、
隣の府中藩に転封となり、
旧領高松は幕府直轄地に代わりました。
豊後高松藩の陣屋は代官所へと変わり、
九州天領を支配する代官が赴任して来て、
同じく天領の日田代官所と交代で在勤。
後に代官は… 続きを読む
九州の幕府天領の多くは、
西国筋郡代によって支配されていましたが、
その広大な支配地域を管轄する為には、
出張代官所を設ける必要がありました。
豊前国に四日市代官所陣屋、
天草に天草代官所富岡陣屋、
そして日向国には富高代官所が置かれます。
「日向市役所」。… 続きを読む
九州の幕府天領16万2000石は、
西国筋郡代によって治められていました。
幕領にはそれぞれ代官が置かれますが、
関東、美濃、飛騨、西国筋は、
他の天領と違い大規模であった為、
代官より身分の高い郡代が置かれます。
郡代は郡レベル石高を支配する代官… 続きを読む
豊前四日市は中津藩小笠原家領でしたが、
3代藩主小笠原長胤が悪政で改易に処され、
本家の小倉藩小笠原家預かりとなります。
没収された四日市周辺は天領となり、
四日市代官所が置かれてました。
後に天草代官の支配を経て、
西国筋郡代支配となりました。
「四日市陣屋跡… 続きを読む