松林院墓地は鷹匠町にある墓地で、
本材木町にある松林院の飛地境内。
「松林院墓地」。
かつては宗玄寺という寺でしたが、
現在は松林院の墓地となっています。
「實徳院正罔信士
喜道院妙持信女
一窓院運香日快信士
窓香院妙華日筐信女(左)」。
寺田屋当主の歴代墓所。… 続きを読む
「寺田屋騒動」タグアーカイブ
京都府京都市 大黒寺
大黒寺は伏見区鷹匠町にある真言宗寺院。
島津義弘が祈祷所としたことで、
薩摩の守り本尊[出世大黒天]にちなみ、
大黒寺と称したようですが、
元々は長福寺という寺名だったようです。
「大黒寺」。
薩摩藩にゆかり深い寺であった為、
一般では薩摩寺… 続きを読む
京都府京都市 寺田屋
寺田屋は慶長2年に伏見に開業し、
三十石船と寺田屋浜を持った船宿。
※三十石船は大坂と京都を結ぶ通船。
店が置かれた京橋周辺は京への入口で、
薩摩藩の常宿に指定されており、
また西国雄藩の藩士らも宿泊した為、
大変に繁盛していたという。
幕末期の当主寺田屋伊助… 続きを読む
鹿児島県日置市 有馬新七墓所
寺田屋騒動で壮絶な死を遂げた有馬新七。
伊集院の外城士坂木四郎兵衛の子に生まれ、
その父が城下士有馬家の養子となった為、
鹿児島城下に移住して城下士となっています。
若くして文武両道の士と名声を得ており、
尊皇攘夷運動にも参加していました。
有馬の墓は死亡した京都の他、
鹿児島の南林寺墓地… 続きを読む
宮崎県日向市 黒田の家臣
細島港の先にある半島部分に、
古島という名の小さな島が浮かんでおり、
地元では黒田の家臣と呼ばれています。
文久2年にここで3人の遺体が見つかり、
その被害者1人の腹巻には、
平生心事豈有他 赤心報國唯四字
黒田家臣、海賀直求
と書かれていたという。
3人共に片方の手に麻縄が結われており、
嬲り殺しにされたと推測されました。
「古島」。… 続きを読む
宮崎県日向市 富高代官所陣屋跡
九州の幕府天領の多くは、
西国筋郡代によって支配されていましたが、
その広大な支配地域を管轄する為には、
出張代官所を設ける必要がありました。
豊前国に四日市代官所陣屋、
天草に天草代官所富岡陣屋、
そして日向国には富高代官所が置かれます。
「日向市役所」。… 続きを読む
田中河内介と怪談
但馬の医師小森正造の次男小森賢次郎は、
幼少から秀才として知られており、
武芸にも秀でていました。
天保6年に儒学者志して上京し、
天保11年に中山忠能に召抱えられます。
後に中山家の家臣田中近江介の養子となり、
田中河内介と改称。
中山家の庶務を取り仕切り、
中山忠愛… 続きを読む